消費社会研究の第一人者にして、街歩きの達人である三浦展先生とともに広島を歩いてきた本連載も、いよいよ今回が最終回。

せっかくなら最後は、広島の“今”を一番感じられる場所へ——。ということで、まず向かったのはオフィス街として栄える紙屋町・八丁堀エリアです。

三浦先生:このあたりについては、いよいよ土地勘がないので、ちょっとした準備をしてきました。

そういってリュックから取り出したのは一冊のガイドブック。広島市の地理や歴史に詳しい専門家たちが編纂した『ひろしま地歴ウォーク』です。この本を手がかりにしながら、街の文脈をたどっていきましょう。

    吉田拓郎と「広島フォーク村」の足跡を追いかけて

    目の前の風景とガイドブックを照らし合わせるように、紙屋町の通りを歩いて行く先生の足が、ふと止まります。

    三浦先生:このあたりに「広島フォーク村」の跡地があるようなんですが………。

    1968年に結成されたアマチュアフォークサークル「広島フォーク村」。その立ち上げの中心人物のひとりが、先生も大ファンだというシンガーソングライター・吉田拓郎です。

    三浦先生:どうやらこのビルみたいですね。でも、何の面影もないな(笑)。

    フォークの聖地ともいえる場所が、誰にも記憶されないまま、ただの空きビルになっている。その事実が、都市の時間の移ろいを、静かに物語っているようにも思えました。

      とはいえ、先生はまだまだ諦めきれない様子。そこで今度は、フォーク村をバックアップしていたという楽器屋「広島楽器センター」の跡地を探してみます。

      三浦先生:このあたりだと思うんだけど……。もしかして、このお店かな? ちょっとお邪魔してみましょうか。

      そういって先生が入っていったのは、商店街に面した小さなブティック。店内を見渡してみると、2階へとつながる階段が見えます。

      三浦先生:やっぱりここが昔は楽器屋で、2階でライブなんかもしていたんじゃないかな。

        あれこれ想像を膨らませていると、店員さんが話しかけてくれました。

        店員さん:いらっしゃいませ。どうかされましたか?

        三浦先生:昔、このあたりにあった楽器屋さんの跡地を探していて。ここがオープンする前に、何のお店だったかご存知ないですか?

        店員さん:楽器屋さん……、ではなかったと思います。実は1年ほど前に「昔、ここで写真館をやっていてね」というお客様がいらっしゃったことがあって。今から70年前、この建物ができた当時の写真を、懐かしそうに見せてくださいました。

        三浦先生:そうだったんですね。いや、でもいい話が聞けてよかった。ありがとうございます。

        その後も、近隣のお店であれこれ聞き込みするも、正確な場所の特定には至らず。けれど、こうやって地元の人々の話に耳を傾けながら、土地の何気ない記憶の断片を探していくプロセスも、きっと街歩きの醍醐味なのかもしれません。

          「お好み焼き」と「斜めのドア」。歓楽街に残る、三業地の記憶

          紙屋町・八丁堀が、広島の“昼”を象徴するエリアだとすれば、“夜”を象徴するのが流川・薬研堀の歓楽街です。広島本通商店街のアーケードを抜け、中央通りを越えたあたりで、「“三業地”らしい雰囲気が出てきましたね」と先生がぽつりとつぶやきます。

          三業地とは、かつての花柳界において、料理屋・待合茶屋・置屋(芸者屋)の3つの業種が集まっている地域を指す言葉です。

          三浦先生:ちなみに、これは広島に限らずですが、芸者さんと今でいう“同伴”をするときに、よく使われるのが“お好み焼き屋さん”だったそうです(笑)。

            先生がこうした事情に明るいのは、かつて遊郭をテーマにした本を執筆したことがあるから。だからこそ今回も、このエリアを街歩きの舞台のひとつに選んだのだとか。

            三浦先生:こういう街にある飲食店は、ドアが通りに対して斜めについているのも特徴です。 なぜかって? ドアを開けて通りからお店を覗いたときに、店内の様子が丸見えにならないようにするためです。

            まさか、そんな理由があったとは! というより、ドアの角度がどうなっているかなんて、今まで考えたこともありませんでした。街歩きのプロのすごさをしみじみと感じていると、「中新地通り」と書かれた看板が見えてきました。

            三浦先生:これはできれば、ネオンが灯っている時間に見たかったなあ。それにもうちょっと遅い時間だったら、一杯ひっかけて行ってもよかったんですが(笑)。まあでも、今日は次の目的地を目指しましょうか。

              あの人のゆかりの地は? 旅の最後の、ちょっとした寄り道

              さて、今回の取材にあたって、先生からもうひとつリクエストがありました。それは「広島出身の有名人のゆかりの地を巡りたい」ということ。といっても、先生がミーハーなわけではありません。街歩きの本を書く際に、読者の興味を引きつける“フック”として、有名人やポップカルチャーのエピソードを意識的に取り入れているのだそうです。

              三浦先生:広島といえば、西城秀樹に矢沢永吉。そしてやっぱり、吉田拓郎でしょう!

              ということで、吉田拓郎の出身校である皆実高校(ちなみに奥田民生も同校の卒業生です)周辺を歩きましたが、これといった収穫はなし。 矢沢永吉が幼少期を過ごした西区大芝も、空振りに終わります。

              三浦先生:もうちょっと時間があれば、本腰を入れて探せたんですけどね……。まあ、今日はこんなところで勘弁してもらいましょう(笑)。

              最後に向かったのが、西城秀樹の出生地である東蟹屋町周辺です。ここで何も見つからなければ、このパートは全カットかもしれない……。そう覚悟しつつ、なかば神頼みで、たまたま見かけた神社へと立ち寄ると——。

              三浦先生:おおっ! ありましたよ、西城秀樹ゆかりの地! ちゃんと記念碑があります。でも、どういうゆかりがあるんでしょうか? 記念碑にも何も書いてない(笑)。いや、でもこれはいいものが見れました。

              有名人の足跡をたどることは、なかなか骨が折れる作業のようです。今回は一勝二敗といったところでしょうか。とはいえ、こういう空振りも含めて、やっぱり街歩きは面白い。どこにどんな物語が転がっているかなんて、歩いてみないとわかりません。そう実感させてくれる“寄り道”でした。

                当たり前の暮らしの風景が、奇跡みたいに思えてくる

                そんなこんなで気がつくと、あたりには夕暮れの気配が。街歩きの旅も、そろそろ終わりを迎えようとしています。広島駅へと向かう帰り道、車内で先生にこんな問いを投げかけてみました。

                先生にとって、暮らしとはなんですか?

                三浦先生:自分の暮らしについて語るのは難しいなあ……。でも、やっぱりちゃんと寝て、ご飯を食べて、掃除して、洗濯して、そうやって暮らすこと自体を大切にしたいなと思っています。今、そういう実感がちょっとずつ薄れていっているとは思いませんか?

                そう言われてみると、たしかにそうかもしれません。でも、なんでそんな風になってしまったんでしょう。

                三浦先生:洗濯は洗濯機が、掃除は掃除機がしてくれる。食事はコンビニや外食ばかり。結局、みんな「仕事」しかしてないんですよ。「それで本当に暮らしていると言えるの?」と、僕なんかは思ってしまう。だから「この街の人は、ちゃんと暮らしているんだな」という光景が見られると、すごく嬉しい。洗濯物が干してあるとか、布団を叩く音がする、とかね。

                  そんな光景、今日も街を歩くなかで、ちらほら見かけた気がします。

                  三浦先生:そうですよね。それにやっぱり、平和っていいよな、とも思いました。広島は80年前に原爆を落とされた街ですから。その街で、今は子どもたちが普通に遊んでいる。

                  よく考えると、奇跡みたいなことですよね。

                  三浦先生:うん、本当にそう思います。僕は生きていて何が幸せって、小っちゃい子どもが、親と一緒に遊んでいるのを見ることほど、幸せを感じる瞬間はありません。そういう平和な風景が、ずっと続いてほしいなと思っています。

                    interview
                    泉水政輝(Shime inc.)
                    writing
                    福地敦
                    photograph
                    akane takegawa / greenpoint design.

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