
【連載】あの人と、あの街で、歩きながら話すこと#2|軍港のまち・呉で語った、僕たちの暮らしとちょっと先の未来
広島市内で建設コンサルタントとして働きながら、建築家・デザイナーとしても活動する鈴木知悠さんが、今いちばん気になる人と、広島県内のあちらこちらを歩きながら、これからの暮らしについて考えてゆく連載。今回は広島県庁の弘田陽介さん、呉市を巡ります。
1989年広島県生まれ。2012年に広島県に建築職として入庁し、2022年から現職(住宅課)。2023年に官民連携プロジェクトDIG:R HIROSHIMAを企画立案・構築し、まちづくり・リノベーション分野の民間団体との連携の下、多彩な企画を推進中。このほか、計画策定やデータプラットフォームのサービス開発などに携わる。
広島市内で建設コンサルタントとして働きながら、建築家・デザイナーとしても活動する鈴木知悠さん。そんな鈴木さんが、今いちばん気になる人と一緒に、広島県内のあちらこちらを歩きながら、これからの暮らしについて肩肘張らずに考えてゆく本連載。
今回訪れたのは、かつて「軍港都市」として栄えた歴史の面影が、今も色濃く残る呉市です。
待ち合わせ場所に選んだのは、旧呉軍港を望む「アレイからすこじま」。
いくつものクレーンが空に向かって立ち上がり、水面には海上自衛隊の潜水艦や護衛艦が静かに浮かんでいます。
ほどなくしてやってきたのが、広島県庁の弘田陽介さん。何を隠そう「#Regrid」を立ち上げた張本人でもあります。
ふだんは裏方として取材に関わることの多い弘田さんですが、今回は「一度ちゃんと話してみたかったんです」という鈴木さんの一言がきっかけで、街歩きのゲストとしてお迎えすることになりました。
どこか懐かしい商店街で。大人ふたり、コロッケをかじりながら
鈴木さん:今日は同年代として、いろいろ本音で話せたらと思っています。弘田さん、呉は久しぶりですか?
弘田さん:そうですね。呉出身の知り合いは多いんですけど、こうしてちゃんと歩いてみるのは、久しぶりかもです。
鈴木さん:この場所もそうですが、「呉らしいな」と思う景色ってありますか?
弘田さん:うーん、やっぱり夜の街かな。広島市内とはまた違う空気感がありますよね。昔ながらの屋台もまだ残ってるし、独特の雰囲気があって。
鈴木さん:いいですねえ、夜の呉。まだ少し早いけど、せっかくなんで街の方へ行ってみましょうか。
ということで、車を走らせ呉の中心街へ。市内で最も賑やかな商店街「れんがどおり」を歩いていきます。さまざまなお店が軒をつらねるなかで、ふたりが最初に目をとめたのは「花本商店」というお肉屋さんでした。
鈴木さん:あっ、肉じゃがコロッケって書いてありますよ。呉の名物なんですかね?
弘田さん:せっかくだし、ちょっと食べてみますか。
呉は「肉じゃが発祥の地」とも言われている街。そんなご当地エピソードをコロッケに詰め込んだのが、この“肉じゃがコロッケ”というわけです。
弘田さん:うん、ほんとに“肉じゃがのコロッケ”って感じですね。じゃがいもが甘くて、しっかり味ついてる。
鈴木さん:これは満足感ありますねえ。しかも200円か……。なかなかのコスパですね。
弘田さん:なんかあれですね、部活帰りに買い食いしている高校生の気分です(笑)。
鈴木さん:たしかに。地元の子たちも、放課後にここに寄ってたりするのかなあ。
たとえ遠回りでも、たしかに残るものを。ローカルメディアとまちづくりのこれから
ベンチに座って、しばし無言でコロッケを頬張るふたり。けれど、並んでいるのは高校生ではなく、どちらも働き盛りの30代。お肉屋さんをあとにして歩き出すと、いつの間にか話題は「仕事の話」へと移っていきます。
鈴木さん:弘田さんって、このメディア「#Regrid」の立ち上げ人でもあるわけじゃないですか。前から気になっていたんですけど、どうしてメディアをつくろうと思ったんですか?
弘田さん:すごく簡単にいうと、「自分で選んだ場所で、自分に合った生き方をつくっていく」みたいなことが、もっと当たり前になればいいな、と思ったんですよね。そのためには単に「場所選び」のためのデータを提供するだけじゃなくて、その土地に根ざしたストーリーみたいなものを届けなければならないんじゃないか、と。
鈴木さん:誰かの気持ちを動かすような「きっかけ」がつくりたかった感じですか?
弘田さん:正直、記事ひとつで誰かの気持ちが劇的に変わるとは思っていなくて。でも、読んだことが記憶のどこかに残っていて、ふとしたときに「あ、そういえば」と思い出してもらえたら、まずはそれで十分だと思うんです。そういう小さなきっかけが積み重なって、ようやく人の気持ちって動くものだと思うので。
鈴木さん:なるほど。でも、それを行政の立場でやるのって、なかなか大変じゃないですか?何をするにも「これはどんな成果を生むのか」を、ちゃんと説明しなきゃいけないポジションですよね。
弘田さん:成果がわかりにくいことや、うまく説明しきれないことをやっている自覚は、もちろんあります。でもKPIのような“わかりやすい成果”を追いすぎると、結局は既存のメディアと似たようなものにしかならない、とも思っていて。それだとやっぱり内容も差別化できないし、読み手の心にも残らない気がするんですよ。ただ、このロジックは、行政のなかではやっぱりなかなか理解されにくいです(笑)。
鈴木さん:いや、そうですよね。だからその壁を、どう乗り越えてきたのかが気になっていて。
弘田さん:今のところは、これまでの信頼だけでやらせてもらっている感じですね。
鈴木さん:“弘田が言うんなら、まあやらせてみるか”って感じで(笑)。めちゃくちゃリアルな話ですね。
弘田さん:仮にこのメディアの更新が止まったとしても、サイトを閉じない限り、記事そのものは残り続けますよね。そして、そこで語られていることって、簡単には色褪せないはずなんですよ。だからたとえ今日読まれなかったとしても、何年か先にふと誰かがこのサイトに辿り着いて、何かを感じとってくれるかもしれない。そんな希望も込めています。
鈴木さん:いつかどこかで誰かが「広島」という土地に興味を持つ、そのきっかけになるかもしれない。たとえそれが10年後だったとしても、今のうちに“何か”を仕込んでおく。すごく遠回りだけれど、誠実で、意味のあるアプローチだと思います。
というのも、僕も本業でいわゆる“まちづくり”に携わっているのですが、どうしても即効性のある“成果”を求められることも多くて。でも、やっぱり本当は暮らしに関わることって、5年とか10年とかのスパンで考えるべきことだと思うんです。いや、ちょっと勇気をもらえる話でした。
夕暮れの川沿いで話した、とりとめのない暮らしのあれこれ
歩きながら話し込んでいるうちに、気づけば商店街のアーケードも終わりに差しかかってきました。
れんがどおりの賑わいから少し離れ、辿り着いたのは、川沿いの静かな道です。
夕方の風が頬をなでるように吹き抜けるなか、ふたりはまた、ポツポツと話しはじめました。
鈴木さん:でもやっぱり、こうやって歩いてみないと、街の雰囲気ってわからないものですね。
弘田さん:ほんとに。歩いてみれば、広島市内とはまったく違う質感の街だって、すぐにわかりますよね。でも普段は、「車で1時間」という微妙な距離感のせいか、その「違い」が見えなくなっている気がします。
鈴木さん:弘田さんって、休みの日はあまり出かけないタイプですか?
弘田さん:そうですね。カープやサンフレッチェの試合を観に行くくらいで、あとはだいたい家にいます。外に出ると、すぐに無駄づかいしちゃうんですよね(笑)。
鈴木さん:意外とそういうタイプなんですね(笑)。あれ、でも弘田さんって、持ち家でしたよね?
弘田さん:うん、29歳のときにマンションを買いました。住まいに興味があるのでリノベーションもしたんですけど……、ちょっと理想通りにはいかなくて(笑)。
鈴木さん:やってみないとわからない部分って、ありますよね。僕は賃貸なので、大きく手は入れられなくて。だから基本はDIYです。できる範囲で工夫しながら楽しんでいます。
気がつけば、それが“暮らし”になるように。好きなことを、ひとつずつ
そんなふたりの暮らしのディテールを聞いているうちに、空はすっかり夕闇に包まれていました。18時を過ぎると、川沿いの蔵本通りには昔ながらの屋台がぽつぽつと姿を現し、赤ちょうちんが静かにともりはじめます。
鈴木さん:せっかくですし、いっぱい引っかけていきませんか?
弘田さん:いいですねえ。取材も、そろそろ終わりそうですし(笑)。
鈴木さん:じゃあ、乾杯しつつ、恒例の質問です。弘田さんにとって、“暮らし”とは何ですか?
弘田さん:無意識に過ぎていくもの、でしょうか。自分の好きなものや、興味のあること。いつの間にかインプットしていたことが、自然と行動ににじみ出てくる。それが、暮らしなのかなと思います。
鈴木さん:静かに積み重なっていくもの、というか。
弘田さん:そうですね。こうやって質問されない限り、「暮らし」を意識することってないじゃないですか。でも、ふと振り返ったときに「ああ、これが自分にとっての暮らしなのか」と気づく。たぶん、そういうものなんだと思います。
鈴木さん:弘田さんの考え方って、ずっと一貫してますよね。最初にメディアの話を伺ったときも、「人の心をこう動かそう」というよりも、「意識しないうちに作用するものをつくりたい」というようなことを仰っていたじゃないですか。
弘田さん:僕は、何かを「成し遂げたい」という思いで物事をはじめることが、あんまりないんですよ。それよりも、「これをやっておけば、いつかどこかで何かにつながるかもしれない」という感覚で動いている。“くさび”を打ち込んでおくようなイメージです。それ自体がゴールじゃないけれど、その場所に“点”を打つことで、そこから道が広がっていく。誰かがその道を歩いてくれたときに、はじめて「あのときのくさびが意味を持った」と思えるのかもしれません。
鈴木さん:ああ、そのイメージはすごく共感できます。
弘田さん:暮らしもたぶん、そういうものだと思っていて。たとえば、好きなものがひとつ増えるだけで、日常の景色が少しだけ変わりますよね。何となく気になることを調べたり、それを誰かに話してみたり。そうしているうちに、自分の行動も自然と変わっていく。暮らしも、きっとそうやってできていくものなんだと思います。
さてさて、屋台に長居は禁物です。取材も一通り済んだところで、あとは軽く夜風に当たって――、と思いきや弘田さんが唐突に口をひらきました。
「実は鈴木さんと一緒に、まちづくりを支援する活動をはじめようと思っているんです」
ええ! おふたりって、まだそんなに長い付き合いじゃないですよね?
鈴木さん:1週間前くらいに、弘田さんに突然誘われて(笑)。まちづくりを支援するようなチームを、一緒につくりましょうよ、と。
弘田さん:県庁の仕事で得た知識や経験を、僕個人として、もっと広く社会に還元できないかな、とずっと考えていて。一緒に取り組む仲間を見つけようと思い立ったときに、ぱっと頭に浮かんだのが鈴木さんだったんです。
鈴木さん:そのうち呉でも、何か面白いことができたらいいですよね。まあ、そのあたりのプランはシラフのときに、またゆっくり話しましょうか。