「本と本屋のこれから」を考えるために、STANDARD BOOKSTOREの中川和彦さんと、広島各地の本屋を訪ね歩く本連載も、いよいよ最終回。

昨晩、尾道市で古本屋「弐拾dB」を取材した中川さんとともに、車を走らせることおよそ1時間半。

山道を抜け、かつて宿場町として栄えた東城町の市街地へと入ると、「本」と書かれた大きな看板が目に飛び込んできました。最後の目的地である「ウィー東城」です。

実は店長の佐藤さんとは旧知の仲だという中川さん。「今日は久しぶりに会えるのが楽しみやわ」と、どこか楽しそうです。

ウィー東城は、これまで本連載で取材してきた本屋のなかでは、はじめての新刊書店。いわゆる「街の本屋」という表現が最もしっくりくるお店かもしれません。

いま、地方で本屋を続けていくということは、どういうことなのか。佐藤さんにお話を伺いました。

ちゃぶ台に、餅まきに、神楽に。本屋って、そんなこともできるの?

再会の挨拶もそこそこに、ふたりの話題はすぐに売場のことへ。

佐藤さん:入ってすぐのこのあたりは、いまちょっと売場が間延びしちゃってるんですよね。というのも、ついこの間まで、ミシマ社さんの『ちゃぶ台』という雑誌を特集したフェアをやっていて、ここに古民家の和室のような8畳一間の空間をつくっていたんですよ。そこに、ちゃぶ台を置いたり、餅まきをしたり、神楽を踊ったりもして。

中川さん:ええ、それ誰がやってくれんの?

佐藤さん:もう全部、自分たちで。僕はせいぜい2畳でいいかなと思ってたんですけど、若い子たちが「どうせなら8畳にしたい」と言い出して。それを止めるわけにはいかないじゃないですか。

中川さん:ようやるなあ。

    ちゃぶ台に餅まきに、神楽。 序盤から本屋ではなかなか聞かない言葉が、ぽんぽんと飛び出してきます。その勢いに圧倒されつつ、おふたりの出会いについても、あらためて伺ってみました。

      佐藤さん:僕がSTANDARD BOOKSTOREのイベントに参加したんですよね。心斎橋にあった頃に。

      中川さん:そうやった!

      佐藤さん:そこで共通の知人に中川さんを紹介してもらって。それからは、ほかのイベントでもちょこちょこ顔を合わせるようになったです。

      中川さん:最後に会ったのは、佐藤さんが『本屋で待つ』という本を出版されたときかな。ウチでその出版イベントをやったんですよ。あ、そうや、今日も1冊持ってきてるから、あとでサインしてな。

      佐藤さん:ちょっと恥ずかしいな(笑)。でも、もちろんです。

        お客さまのための追求する“よろづ屋”のような本屋に

        そう笑顔で話す佐藤さんは、明治時代から東城町で“よろづ屋”を営んできた「総商さとう」の四代目。この場所で本屋をはじめたのは、先代である佐藤さんのお父さんだと言います。

        佐藤さん:ウィー東城は、1998年に父がはじめたお店なんです。僕が家業を継いだのは、その3年後。それまでは「いまじん」という名古屋の本屋で修行していました。でも、気がついたらウチが潰れそうになっていたので、慌てて帰ってきた感じです。

        中川さん:じゃあ、最初から店を継ぐ気はあったんや。

        佐藤さん:半分は洗脳みたいなものですね(笑)。「長男なんだから、お前が跡を継ぐんやぞ」みたいな。でも、もう半分は本屋が好きだったし、父の仕事をかっこいいと思っていたから。

        中川さん:それで帰ってきて、ちゃんとお店を建て直してるんだから、すごいやん。それにこの取材で知り合った人らだって、「ウィー東城はすごい」って口を揃えて言ってたよ。

        佐藤さん:いや、ぜんぜんそんなことはなくて。どうにかこうにか、やってきた感じです。

        中川さん:佐藤さんは業界の常識みたいなものを、あんまり気にしてないでしょ。どうやったらお客さんが喜ぶかってことだけを考えて、何かを思いついたら、それを実行しちゃう。そこがすごいんだよ。

          「お客さんのため」を追求する佐藤さんの姿勢は、お店づくりにそのまま現れています。実はウィー東城では、敷地内に美容院、ベーカリー、コインランドリーを併設。さらに店内には高級化粧品売り場やエステコーナーまで揃っています。

          佐藤さん:ウチの奥さんが、もともと美容師をやっていたんですよ。結婚後はここで働いてもらっていたんですが、お客さんのなかに「あなたに髪を切ってほしい」「美容師、やらせてあげたら」と仰ってくれる方がいて。じゃあやってみるか、ということで店舗の一部を改装して美容院にしたんですよね。

          中川さん:えー、そんな理由やったんや。前にちょっと聞いたことがあるけど、ベーカリーの店長さんも、もともとはこのお店のスタッフだったんでしょ?

          佐藤さん:そうなんです。高校生の頃にアルバイトをしていた子が、隣でベーカリーをやっています。就職して、一度は東城町を離れていたんですが、帰省するたびにウチに顔を出してくれていて。それであるとき、「この町にパン屋があったらいいのにね」と、僕が彼女に言ったらしいんです。

          中川さん:言い出しっぺは佐藤さんだったんや。

          佐藤さん:いや、僕自身はそのことをすっかり忘れていて、あくまで彼女の相談に乗ってるつもりだったんです。でも、あるとき「いやいやいや、違いますよ」と。「店長がパン屋があったらいいなって言うから、私、パン屋で修行してきたんですよ!」って。それを聞いたときは、もう涙がボロボロ出ちゃいました。

            本の売上げは全体の3割。それでも「本」にこだわるワケ

            人の人生をガラリと変えてしまう――。そんな懐の深さが佐藤さんの魅力であることは間違いありません。けれど、同じく新刊書店を経営していた中川さんは、その人柄もさることながら、“棚のつくり方”にも驚かされることが多いと言います。

            中川さん:ヨシダナギの写真集をバーンと積んでるやん。これ、めっちゃ高いで?ふつう、こんなに仕入れへんよ。

            佐藤さん:この本は、売ろうと思えばいつでも売れると思っているので。でも、まだその時期じゃないから、ここに積んでるんです。熟成してるんですよ(笑)。

            中川さん:強気やなあ。

            佐藤さん:僕、ヨシダナギさんの『HEROES』シリーズの1冊目がでたときも、20冊仕入れようと思って、出版社にFAXしたんです。そしたら「注文数を間違えてないですか?」と電話がかかってきて。「新宿の紀伊國屋本店と、同じ仕入れ数ですけど、大丈夫ですか?」と。もう「なめんなよ!」って感じです(笑)。最終的にはこの店だけで50冊は売りましたからね。

              佐藤さんには「この町の人なら、この本を絶対に買ってくれる」という、ある種の嗅覚のようなものが備わっているようです。

              佐藤さん:中川さんを前にして言うのもおこがましいんですけれど、僕はお客さんとのコミュニケーション量でいったら、業界の誰にも負けない自負があるんです。とにかく、毎日お客さんと会話をして、大量の情報を得ている。だから「今度こんな本がでます」と聞くと、それをこの町の人たちが欲しがるかどうか、パッと答えが出てくるんです。いま流行りのChatGPTみたいなもんですね(笑)。

              中川さん:佐藤さんのやってることって、やろうと思えば誰にでもできるんですよ。理屈の上ではね。でも、彼はそれを妥協することなく、きっちりやり切る。コツコツコツコツ、確実に。それが一番すごいことなのかもしれへんね。

              佐藤さんのこだわりが詰まっているのは、本棚だけではありません。約100坪の店内の細部にまで、その緻密な思考が行き届いています。

              佐藤さん:人間の視野って、左右に190度くらいあるそうなんです。だから入口からパッと見たときに、店の約7割が「本」であるように意識して、レイアウトを整えています。そこにたどり着くまでに、レジの位置も、3回は変えました。とはいえ実際には、本の売場面積って、もう40坪を切ってるんですよ。

              中川さん:ざっと半分以下やね。

              佐藤さん:売上比でも、本はもう全体の3割を切っています。でも、たとえばウチでは昔からタバコも扱っていて、いまでもそれだけで月に200万円以上の売上がある。最近は、コインランドリーも好調で、そういうものをトータルで回して、なんとかお店全体として帳尻を合わせている感じです。

              中川さん:あえて聞くけど、それなら本をもっと減らした方が、利益は出るんちゃう?

              佐藤さん:中川さんにはわかってもらえると思うんですけど……そこは“執着”なんですよね。やっぱり僕は「本屋」でいたい。本が中心にないと、どうしても気持ちが悪いんです。

                撤退戦の“しんがり”にいるつもりが、いつのまにか業界の最前線に

                経営面だけでみれば、必ずしも「本」にこだわることが正解ではない。けれど、それでも——。佐藤さんと中川さんは、本という“商材”の魅力を、こんな風に語ります。

                中川さん:本がお店の中心にあるからこそ、お客さんが入ってきやすいってのは、間違いなくあると思う。

                佐藤さん:ほんとに。僕、いつも言ってるんですけど、人間がオギャアと生まれるその前から、死んだずっと先のことまで、森羅万象を表現できるのって、本だけだと思うんですよ。そう考えると、こんなに優れた商材は他にないんじゃないでしょうか。

                中川さん:本屋にくれば、誰だって自分に関係のある本が、絶対に一冊は見つかるもんな。だから本を扱っているだけで、圧倒的に“イメージがいい”(笑)。僕が店をやってた頃なんか、道を尋ねに入ってくるだけの人が、結構いたもん。それってやっぱり、本屋という場所が、誰にとっても安心して入れる場所だからやと思う。

                佐藤さん:逆に言えば、本屋が減っていくということは、そういう“開かれた場所”が減っていくということでもある。いまの世の中が、こんなにも生きづらくなっていることと本屋の減少は、決して無関係ではないと思っています。

                  本屋が増えることは、生きやすい社会をつくることでもある――。そんな佐藤さんの言葉に、大きく頷きたくなります。けれど一方で、心のどこかでこうも思ってしまうのです。

                  こんな時代に本屋を続けていくのは、やっぱり大変じゃないですか?

                  佐藤さん:人口は減り続けていますからね。たとえば、この近くにある東城高校の入学者数って、去年は20人だったんです。それが今年は12人。僕もかなり衝撃的でした。子どもが少なくなると、コミックの売上なんかは確実に減ってしまう。そういう意味では、厳しさはあると思います。

                  中川さん:もうそんなに人口が減ってるんやね。

                  佐藤さん:町全体の人口も、もう6400人を切りました。個人的な感覚として、人口が5000人いればこのお店は持つと思うんですけど、いよいよそこに近づいてきたなと感じています。

                  中川さん:そうは言うてもさ、佐藤さんは、いつも前向きというか、明るいよな(笑)。

                  佐藤さん:だって、人口が減って困っているのは、どの業界でも一緒ででしょう? それでいちいち下を向いていたら、日本人全員が悲観的になってしまう。

                  中川さん:日本を脱出するわけもいかへんしな。

                  佐藤さん:そうなんですよ。僕たちはここで生きてるんだから、せっかくならいい方向に向かうように、とことんやるしかない。最初はね、この場所で店を続けることって、業界全体の“撤退戦”のしんがりを任されてるような気持ちだったんです。「一番死ぬ確率高いやつやん」って思いながら(笑)。でも最近、一度書店が町からなくなってしまったお隣の庄原市に、『ほなび』というお店をオープンしたんです。そしたら、「あれ、これって一周回って先頭なんじゃない?」っていう気もしてきて。

                  中川さん:いや、ほんまに。お世辞抜きにそう思うわ。

                    本屋の本質はモノではなくて、“情報”を売ることかもしれない

                    そんな風に話していると、入口の自動ドアが開きました。やってきたのは、数人の子どもたち。佐藤さんの姿を見つけると、一目散に駆け寄ってきて、「キングダムの新刊ある?」と笑いながら尋ねます。

                    佐藤さん:「ほなび」では、今年の夏休みに「よるのほんやさん」というイベントをやったんです。宿題がちゃんとできた小学生限定で、親御さんの許可があれば、夜7時から深夜まで、このお店で自由に過ごせる。アイスもポテチも食べ放題です。

                    中川さん:そら子どもは喜ぶやろな。

                    佐藤さん:去年はウィー東城でも同じようなイベントを開催したんですけど、7歳の子が朝5時まで起きてたんですよ。それで深夜に、高校生のお姉さんと手をつないでコンビニに行ったのが、すごく楽しかったらしくて。そういうのって、絶対に忘れない思い出になるでしょ?

                    中川さん:ええ話しやなあ。そういえば、ほかにもなんか新しいこと考えてるって言ってなかった?

                    佐藤さん:今度ね、店内にラジオブースをつくろうと思ってるんですよ。ラジオというか、ポッドキャストの収録ブースみたいな感じですかね。

                    中川さん:そうそう、それ!ウチのイベントの打ち上げのときに言うてたやつやね。前は見かけなかったお酒の冷蔵ショーケースは入ってるのに、ラジオブースはできてなかったから、なんでかなあと思ってた。

                    佐藤さん:実はいま、僕の弟が隣町の神石高原町の酒蔵で蔵人をやっていて。それもあって、先にお酒の冷蔵ショーケースを入れたんですよね。ほんとうはラジオブースもすぐにつくりたかったんですけど、いまは『ほなび』もオープンしたばかりだから。あっちが少し落ち着いたら、来年の春を目標にラジオブースもつくっていきたいなと考えてます。

                    中川さん:そういうことかあ。おれもDJブースみたいなものをつくりたいと考えていたことがあるんやけど、佐藤さんはなんで「ラジオ」をやろうと思ったの?

                    佐藤さん:僕たちはこれまで「本」を売ってきたけれど、突き詰めれば、それって「情報」を売ってきたということだと思うんです。昔はそれを「本」というかたちで届けてきた。でも、じゃあ今の時代、もっと遠くに、もっと多くの人に情報を届けるにはどうすればいいのか。ずっと考えてきたんですけど、最近ようやく「音声コンテンツ」がひとつの答えなのかもしれない、と思うようになったんです。

                    中川さん:それ、おもろいやん。そうだ、あれ読んだことある? ポール・オースターの
                    『ナショナル・ストーリー・プロジェクト』って。

                    佐藤さん:いや、読んだことなかったです。

                    中川さん:あるときポール・オースターが、「ラジオ番組をやってくれないか」と頼まれたらしいのよ。でも、何を喋ったらいいかわからない。それで悩んでるときに、奥さんから「あなたが考えてることを喋らなくてもいいのよ」と言われてらしくて。「ラジオを聞いているみんなからストーリーを募集して、そのストーリーを集めて、それを読めばいいのよ」と。その本は、そこで紹介されたストーリーをまとめたものなんだけど。ようするに何が言いたいかっていうと、ここに地元のいろんな人を集めて、楽しみながら話してもらえば、それだけで絶対ええやつができるんとちゃう? 佐藤さん、そういうの得意でしょ(笑)。

                    佐藤さん:ちょうど僕も、そういうことができたらいいなと思っていて。たとえば、いま来てた子たちに、キングダムの新刊の感想を語ってもらったりね(笑)。あとは、せっかく作るなら録音だけじゃなくて、YouTubeとかインスタライブの収録もできるようにしたいと思っていて。将来的には、地域のみなさんにも貸し出せたらいいなと思っています。

                      僕たちが、それでも本屋をやろうと思う小さな理由

                      たっぷりとお話を聞いて、広島の本屋のみなさんが「ウィー東城はすごい」と話していた理由が、ようやくわかってきた気がします。たしかに、こんな本屋さんは、きっと日本中どこにもありません。

                      中川さん:外からみたら、ちょっと懐かしくさえある、ロードサイドのふつうの本屋さんなんだよね。そのなかにこんなおもろい人がいて、こんなすごいことをやってるなんて、これは一度来てみないとわからんよな。いや、今日はほんまに話せてよかったです。

                      佐藤さん:こちらこそです。まだまだ話したいこともたくさんあるから、次に来たときは、ぜひウチに泊まってってくださいよ。そしたら一緒にお酒も飲めるし(笑)。

                      中川さん:ああ、そらベロベロになりそうやな(笑)。ぜひぜひ頼んます。

                      そう約束して、ウィー東城をあとにする中川さんと編集部。
                      帰り道、信号待ちをする小学生を見かけて「この子たちも、これから本屋へ行くのかな?」と、ふと想像します。

                      うん、きっとそうに違いない。

                      私たちの暮らしのそばには、きっとこれからも本屋がある。

                      たとえそのあり方は変化していくとしても、それだけはたしかなことのように思えるのです。

                      さて、広島の本屋を巡ってきたこの連載も、ここでひとまず一区切り。最後に中川さんには、恒例の質問をぶつけてみました。

                      ——あなたにとって、暮らしとは?

                      中川さん:厄介なこと聞くなあ……。あ、でもね、いままで仕事が忙しかったから、妻とゆっくり話す時間って、ほとんどなかったんですよ。でも、この2年間は店をやってなかったから、いろんな話しができてね。そういう何気ない日常っていうのは、続いてほしいなと思う。特別なことが起きてるわけじゃないんだけど、それでも、すごく大事なことやなって。まあ、向こうはおれがずっと家にいるのを、ちょっと嫌がってる節もあるんやけど(笑)。やっぱりまた、店をやらんとあかんかなあ。

                        interview
                        泉水政輝(Shime inc.)
                        writing
                        中澤敦(合同会社ことりうみ)
                        photograph
                        田頭義憲(ウリボー写真事務所)

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