「ただ美しいだけではない景色」が、ある日突然、目の前に広がったら、私たちの旅は、もっと記憶に残るものになるのではないでしょうか。 こんにちは。「土地」と「住まい方」から、これからの広島らしい暮らしを考えるメディア「Regrid」です。私たちは、広島という土地に刻まれた「記憶」を発掘することで、現代の暮らしを新しい視点で見つめ直すきっかけを探しています。

今回取り上げるのは、竹原市の沖合に浮かぶ離島、生野島(いくのしま)と契島(ちぎりしま)の周辺エリア。この美しい海域に、「八人ぞわ」と呼ばれる少し怖い言い伝えが残されていることをご存知ですか? この記事を読めば、あなたが眺める瀬戸内の海が、より神秘的に、そして力強く感じられるはず。まずは、物語の舞台となる島々がどんな場所なのか、少しだけ時間を遡ってみましょう。

生野島・契島ーのどかな自然と「生きた軍艦島」

さて、今回の物語の舞台となるエリアには、対照的な二つの島があります。

一つは、かつて段々畑が一面に広がり、ミカンの栽培で大いに栄えた「生野島」。

そしてもう一つは、島全体が亜鉛の精錬所となっている「契島」です。

生野島は、本土とは橋で繋がっておらず、海を渡る手段は船のみ。かつては黄金色に輝くミカンの島として活気がありましたが、現在は訪れる手段も限られており、気軽に上陸することが難しい、静寂に包まれた場所となっています。

一方の契島は、工場設備が島を覆い尽くすその独特な外観から、「生きている軍艦島」とも呼ばれ、工場夜景ファンを魅了しています。 人を容易には寄せ付けない静かな島と、要塞のような島。この穏やかに見える海域は、古くから潮の流れが速く、複雑な場所としても知られていました。今回取り上げる「八人ぞわ」は、そんな海の厳しさと共に生きた、島の人々の記憶なのかもしれません。

現在の生野島は、車で巡るのがちょっと大変な島。写真は対岸の大崎上島から撮影しました。

    「八人ぞわ」

    むかしむかし、まだ船が帆や櫓(ろ)で動いていたころのお話。

    生野島と契島の間にある海域に、ある特定の場所で潮が渦を巻く、「そわ」と呼ばれる難所がありました。 ある晴れた日のこと。隣の島からお嫁さんを迎えるために、八人の若者を乗せた花嫁船がこの海を渡っていました。ところが、「そわ」の近くに差し掛かったとき、突然の突風にあおられ、船はあっという間に転覆してしまったのです。

    村の人々が必死に探しましたが、どうしても一人の行方だけがわかりません。それからというもの、雨の降る晩や海が荒れる日になると、その海域から「八人、そろったかぁ……」という寂しげな声が聞こえてくるようになったといいます。 漁師たちはこの場所を「八人ぞわ」と呼び、「あの声に答えたり、近づいたりしてはいけない。海に引きずり込まれるぞ」と恐れ、海が荒れる日は決して船を出さなくなったそうです。

    現代に残る、「八人ぞわ」の気配

    これは、恐ろしい怪談であると同時に、複雑な潮流を持つ海の怖さを後世に伝え、水の事故から人々を守ろうとした、先人たちの教訓だったのかもしれません。

    一見、のどかな瀬戸内の風景ですが、「八人ぞわ」の物語を知った今、その水面の下に流れる力強い潮の存在を感じずにはいられません。 自然の厳しさを物語る伝説と、その海の上にたくましく築かれた産業の島。二つのコントラストは、人間が自然とどう向き合い、どう共存してきたかを静かに語りかけてくるようです。 フェリーに乗って、この海域を訪れてみてはいかがでしょうか。頬を撫でる潮風の中に、かつての人々の記憶が混じっているかもしれません。

      illustration
      世戸ヒロアキ
      writing
      泉水政輝(Shime inc.)
      photograph
      田頭義憲(ウリボー写真事務所)

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