広島市内で建設コンサルタントとして働きながら、建築家・デザイナーとしても活動する鈴木知悠さん。そんな鈴木さんが、今いちばん気になる人と一緒に、広島県内のあちらこちらを歩きながら、これからの暮らしについて肩肘張らずに考えてゆく本連載。

記念すべき第一回の舞台に選んだのは、江田島市・沖美町。観光地というには少しのどかすぎる、小さな港町です。

広島市内から車でおよそ1時間。江田島の市街地を抜け、才越峠を越えると、穏やかな海が見えてきました。

「もうそろそろですね。あ、そこで海沿いの道に降りてください」

手を伸ばせば届きそうな距離に瀬戸内海を感じながら、さらに車を走らせていくと、三角屋根の建物が見えてきます。今回の目的地である「NOT BUSY sauna&cafe」です。

「気持ちいい天気ですね!」と出迎えてくれたのは、店主の“おたけさん”こと竹村奈津子さん。

扉を開けて店内に足を踏み入れると、先ほどまで感じていた潮風とは対照的な、植物系のアロマのさわやかな香りがふわりと鼻をかすめます。それでも、大きな窓の向こうでは、さっきまで見ていた瀬戸内海が、変わらずきらきらと日の光を跳ね返している――。

内と外との境目がどこか曖昧なこの空間で、鈴木さんとおたけさんの会話が、ゆっくりとスタートしました。


    一目惚れしたのは、この穏やかな海でした

    鈴木さん:今日はどうもありがとうございます。いやあ、それにしてもいい景色ですね。

    おたけさん:私も、この景色に一目惚れしてしまって。もうすぐに「ここでお店をやるしかない」と決めちゃいました。

    鈴木さん:江田島には、もともと何かのご縁があったんですか?

    おたけさん:私は広島市出身なんですが、このあたりに来たことはほとんどなくて。ドライブがてら早瀬大橋を渡って、江田島の市街地でちょっとご飯を食べたり、それくらいでした。

    鈴木さん:じゃあ、江田島に絞って物件を探していたわけでもないんですか?

    おたけさん:そうですね。実際、呉や切串の物件も検討はしていて。最初は、もっと高台から海を望むようなロケーションいいなとも思っていたんです。でも、なかなかピンとくるところがなくて……。そんなときに、たまたまこの場所に出会ったんです。

    鈴木さん:もう一目でバチッときた感じですか?

    おたけさん:うん、この通りから眺める夕日がとにかく綺麗で。不動産屋さんに連絡して、空地になっていたこの土地をすぐに紹介してもらいました。

    鈴木さん:いい意味で非日常感があるロケーションですよね。海にもすぐに降りられるし。夏はサウナからあがって、そのまま海に入ったり、なんてこともできそうですよね。

    おたけさん:そうですね、そこは自己責任になっちゃうんですけど(笑)。

    鈴木さん:あはは(笑)。でも、絶対に気持ちいいですよね。


      サウナ好きも、漁師のおじいちゃんも。みんなが集う場所へ

      ぽつりぽつりと話すふたりの言葉に、波の音が重なる。そう感じるのは、気のせいなのかもしれません。でも、目の前に広がる海を見ていると、どうしてもそんな風に思えてきます。

      居心地のいい店内に、ついつい長居したくなりそうになりますが

      「そうだ、街を歩かなきゃなんでした」と思い出した鈴木さん。

      お店の外へ出ると、海からは気持ちのいい潮風が。歩くようなリズムで対話は続いていきました。

      鈴木さん:そもそもおたけさんって、江田島でお店をはじめる前は何をしてたんでしたっけ?

      おたけさん:就職してからは、ずっと東京にいました。BEAMSで働いていて、販売からはじまり、広報の仕事にも携わったり。

      鈴木さん:あ、なるほど。おたけさんのその佇まいの根っこは、BEAMSにあったんですね。

      おたけさん:あとはその頃から、バイイングで自分のお店もはじめていて、グルテンフリーのクッキーを扱ったりもしていたんです。ファッションに限らず、健康とか食も含めた、広い意味でのライフスタイルに興味があったというか。そういうところは、今にもつながっている部分だと思います。

        鈴木さん:サウナにハマったきっかけって、何かあったりしますか?

        おたけさん:元々は銭湯が好きだったんですけど、コロナ禍の時期に、なぜかサウナにハマりはじめて。時間もあったから、全国のサウナを巡ったりしていました。ちなみに、鈴木さんはサウナってどうですか?

        鈴木さん:僕はそんなにサウナ通ではないんですが……。でも、実はおばあちゃんが池袋で銭湯をしていたんですよ。

        おたけさん:え、ほんとですか!

        鈴木さん:僕が大学生のときには、閉めちゃってたんですけどね。でも、だから銭湯とかサウナが暮らしに根付いているっていう感覚は、すごくよくわかるんです。近所のおじいちゃん、おばあちゃんが、お風呂に入ったあとにロビーでずっと野球を見ている、みたいな。

        おたけさん:私がフィンランドサウナに惹かれた理由も、ちょっと似ている気がします。どちらかという低温のサウナでのんびり温まって、外気浴をしながらお喋りをして、そのままカフェに行ったり。

          鈴木さん:そういうラフな空気感って、すごくいいですよね。NOT BUSYも、まさに「カフェの延長にあるサウナ」みたいな雰囲気があるじゃないですか。ちなみに今は、どういうお客さんが多いんですか?

          おたけさん:カフェを併設していることもあって、やっぱり女性のお客さんが多いですね。コアなサウナファンというより、「ちょっとサウナに興味がある」くらいの初心者の方が中心です。ゴールデンウィークなんかになると、このお店を目当てに、県外からやってきてくださる方も、結構いらっしゃいます。

          鈴木さん:地元の方はどうですか?

          おたけさん:よくいらっしゃいますよ。このあたりで漁師をやってるおじいちゃんやおばあちゃんが、一人でふらっとやってきて、カフェでお茶していったり。

          鈴木さん:地域の人にとっても“集いの場”のようになりはじめてるんですね。いいなあ。

          おたけさん:ちょっと変わったお店なので、地元に馴染むか、少し心配もしていたんですけど……。でも、はじめてみると、みなさん本当にあたたかくて。近所で採れた野菜を持ってきてくれたり、それこそ漁師のおじいちゃんがタコを持ってきてくれたりもして。ここのキッチンで捌いて、美味しくいただきました(笑)。


            場所が変われば、時間の流れも、季節の移ろいさえも変わってゆく

            海沿いの通りを歩いていると、砂浜に降りられる階段が。

            ほんの小さな、まるで小庭のような砂浜。それでも靴の裏にふれる砂と小石の感触が、「海に来たんだ」という実感を、より一層引き立ててくれます。

            波はどこまでも穏やか。さて、話題は日々の過ごし方や、地方での仕事のリアルへと転がっていきます。

            鈴木さん:あー、やっぱり潮の匂いが濃くなりますね。このあたり、散歩とかされるんですか?

            おたけさん:うん、犬を飼ってるんで。一緒によく散歩してます。

            鈴木さん:ああ、それは最高ですね……。それにしても、今日は晴れて本当によかったです。雨だったら撮影はリスケかなと心配していたので(笑)。

            おたけさん:雨が降っちゃうと、ウチのお店も客足が鈍くなってしまって。でも、そういうときはほかの仕事がすごく捗るんですよ。

            鈴木さん:お店のほかには、どんな仕事をされているんですか?

            おたけさん:フリーランスで、美と健康に関わる仕事をいろいろしています。肩書きとしては、“ヘルスクリエイター”と名乗っていて。最近だと、東京で耳つぼジュエリーの施術や講師をしたり。あとはお店でも扱っているヘルスケアブランドの販売もお手伝いしたりしています。

              鈴木さん:じゃあ、今も二拠点生活なんだ。

              おたけさん:お店をオープンしてからは、基本的には広島にいることが多くて。数週間に一度、まとめて東京で仕事をしてくる感じです。なんていうか、ひとつの場所にじっとしていられない性分なんですよ。

              鈴木さん:僕も移住者として広島にやってきたので、その感覚はちょっとわかります。でも、体力的には大変じゃないですか?

              おたけさん:東京までドアtoドアで5時間はかかるから、最初はちょっとしんどかったかもしれません。でも、慣れてくるとその時間がデトックスになるというか。

              鈴木さん:まとまった時間が確保できることって、意外と貴重ですよね

              おたけさん:そうそう。まとめて仕事を片付けることもできるし、「今日はボーッとしよう」と決めれば、そうすることもできる。そういう時間の使い方ができるようになったから、今は長距離移動もそんなに苦ではなくなりました。

              鈴木さん:時間のやりくりが、すごく上手ですよね。だからこうやって、地域にも根付きながら、外でも仕事をして、みたいなことができるのかな。

              おたけさん:そういう生活をしていると「あ、土地によって時間の流れ方が違うんだな」と感じることがあって。江田島はほんとうにゆっくり、いわゆる“島時間”が流れている。気候も穏やかだから、うっかりすると季節も忘れそうになります。久しぶりに東京に戻ったときに「え、もうみんな春服なの?」と驚いたり。そんなこともしょっちゅうです。

                遊ぶように、働くように。あちらこちらを往き来しながら、新しい発見を

                そんな話をしながら、通りをぐるりと歩いて、ふたたびNOT BUSYへ。

                「ちょっとサウナも見ていきますか?」と、気を利かせてくれたおたけさん。

                そうでした。この場所に来て、サウナについて聞かずに帰るわけにはいきません。「サウナ通ではない」といっていた鈴木さんも、ぐっと前のめりになります。

                おたけさん:この水風呂は、地下水を使ってるんです。地下40メートルくらいかな? もっと掘らないと真水は出ないかなと思ったんですけど、意外と浅いとこから湧き出てきて。その分、掘削のお金がかからなくてラッキーでした(笑)。

                鈴木さん:これって、飲めたりもするんですか?

                おたけさん:飲料用ではないので「飲めます」とは言えないんですけど……。でも、衛生的には問題なくて、私はもちろん飲んだことがあります。すごくまろやかな味でした(笑)。

                鈴木さん:いや~、本当は今日もサウナに入れたらよかったんですけどね。

                おたけさん:またの機会にぜひ!  2時間制なんですけど、16~18時の時間帯だと、ちょうど海に沈む夕日が見えて、最高ですよ。

                  鈴木さん:こんなに海を間近に感じながら外気浴できるサウナって、ちょっとないですよね。

                  おたけさん:この景色を味わってもらいたいので、本当はここの柵とかもなくていいかなと思っていたんですけど……。サウナは行政上、公衆浴場の扱いなので、ルールとして柵を設けなきゃいけないんですよね。

                  鈴木さん:そういう縛りがあるんですね……!それは知らなかった。

                  おたけさん:あとは、水着で外気浴していると、道を通りがかった人がびっくりしちゃうじゃないですか。だから男女兼用の専用ウェアを特注でオーダーしていて。ありがたいことに、これが結構好評で、オリジナルブランドとして販売もはじめています。

                  鈴木さん:そういう周囲への配慮を、ビジネスにつなげちゃうのが本当にすごい……。ほかにも、まだまだいろいろな可能性を秘めた場所だと思うんですけど、これからここでやってみたいことってありますか?

                  おたけさん:以前、京都からヨガの先生を招いて、サウナでヨガを体験できるイベントを開催したことがあって。そういうコラボは、これからも拡げていきたいですね。

                  鈴木さん:サウナとヨガ、めちゃくちゃ相性が良さそうですね。

                  おたけさん:あとは、敷地内にちょっとしたキャンプサイトもつくる予定です。

                    鈴木さん:楽しみですね。すでにやりたいことがいっぱい……!

                    おたけさん:でも、まずは「NOT BUSY」な体験――時間を忘れてのんびり過ごせる場所を、しっかりつくっていきたいと思っています。それでゆくゆくは、同じコンセプトの別の業態のお店を、もう一店舗くらい手がけられたら、と。まだまだふわっとした構想なんですけどね。

                    鈴木さん:おお、それじゃあ結構忙しくなりそうですね。

                    おたけさん:いや、そこは私自身も「NOT BUSY」でいきたいと思っていて(笑)。実際、このお店で働いている私を見たら、きっと私の友達は「え、働いているの? 遊んでるの?」と感じると思うんです。私自身、そう思っている節があります。

                    鈴木さん:それが“おたけさんらしさ”なのかもしれないですね。

                    おたけさん:もちろん、商売ではあるんですよ。でも、そこからはみ出す部分も、大切にしていきたい。「忙しくはないんだけど、ちゃんと仕事はしている」くらいのバランスで、上手く回していけたらと思っています。

                    鈴木さん:最後に、これはこの連載の唯一の縛りでもあるんですけど、みなさんに「暮らし」について伺っていて。おたけさんにとって、暮らしとはなんですか?

                    おたけさん:言葉にするのはすごく難しいんですけど……。私はやっぱり、常に新しいことがしたいし、新しい発見をしていたいんですよ。だから、定住というかたちではなくて、広島や東京を行ったり来たりしながらの今の暮らしが、すごくしっくり来ていて。過ごす場所によって、会う人も違うし、時間の流れ方も違う。そういうなかで、ご飯をたべて、仕事をして、のんびりして、毎日新しい発見がある。それが今の私にとっての、暮らしだと思います。

                      interview
                      鈴木知悠(株式会社荒谷建設コンサルタント)/泉水政輝(Shime inc.)
                      writing
                      福地敦
                      photograph
                      田頭義憲(ウリボー写真事務所)

                      「DoboX」で地形を見る