2025年4月、いっぷう変わった本が生まれました。

その名も『ニューHOPE』。

広島で暮らす人々の声に耳を傾けながら、この街の「新しい希望」を一冊にまとめた180ページ超の大作です。

つくったのは出版社でも行政でもなく、この街で働き、暮らす“ふつうの人たち”。

どうしてこの本をつくろうと思ったのか。何を考えながらそれをかたちにしていったのか。そしてそこから、どんな「希望」が見えてきたのか。

編集部のみなさんに、じっくりとお話しを伺いました。

    変化する街で、いまこの瞬間を生きる人たちと

    ――編集部のみなさんは、普段はどんな仕事をしているんですか?

    水木さん:えーと、平たくいうと普段は「街づくり」に関わる仕事をしています。まちづくりビジョンをつくったり、官民連携の取り組みを支援したり。それと実はミュージシャンとして活動したりもしています。

    又吉さん:僕も似たような感じですね。都市計画とかシティプロモーションとか、街に関わる仕事をフリーランスで。

    今田さん:おふたりと同じく、街づくり系の会社で働いています。その前はずっと東京のカフェで店員をしながら、本にまつわる仕事をしていて。今も二足の草鞋でブックキュレーターとしても活動しています。

    中山さん:僕は大学では環境デザインを学んでいて、元々は建築に興味があったんですけどね。気がついたらグラフィックデザイナーになっていました(笑)。

    ゆずこさん:私はもともと、『Wink』というタウン誌の編集者をしていて。今は独立して、自分で立ち上げたフォトスタジオを運営しながら、写真を撮ったり、文章を書いたり、編集をしたり、そんなことを生業にしています。

      ――そこから、どうして「本をつくろう」という話になったんですか?

      水木さん:言い出しっぺは僕ですね。最近の広島市内って、数十年に一度のレベルで再開発が進んでいて。そんななかで、この街に暮らす人たちの思いや記憶を、生活者の目線でまとめておきたいと思っていたんです。そんなとき、又吉くんが本を出したと聞いて。

      又吉さん:『日本のまちで屋台が躍る』という本を、2023年に出したんですよ。それを水木さんに見せに行ったら、「一緒に広島の本をつくろうよ」と誘われて。すぐに今田さんと中山さんにも声をかけて、最初は男4人で勝手にあれこれ話していたんです。

      水木さん:『POPEYE』みたいな雑誌にしたいよね~、とか(笑)。

      又吉さん:でも途中でふと、「そもそも俺たち、広島のことそんなに知ってるっけ」となって……。だから、ゆずこさんが仲間になってくれて本当によかった(笑)。

      ゆずこさん:みんな意外と出不精なんですよ(笑)。私も雑誌の仕事からはしばらく離れていましたけれど、街に出て遊ぶのは大好きだったので。そこはちょっと力になれるのかなと思ったんです。

        この街に「ないもの」を数え上げてもキリがない

        ――『ニューHOPE』を読ませてもらって、すごく不思議な媒体だと感じました。みなさん自身としては、どのような位置づけなんですか?

        中山さん:僕たちも最初は、「広島のガイドブックなのかな」くらいの気持ちだったんです。というか、制作中はそこまで深く考える余裕もなくて。完成してから「これはどういう本なんだろう」と話し合ったんですけど、結論はなかなか出ませんでした。

        ――既存のカテゴリには収まりにくい本ですよね。

        中山さん:そうなんです。だから僕たち自身は、これを「ライフ・イン・カルチャーブック」と呼ぶことにしました。いろんな人の感性や人生が、さまざまな時間軸のなかで、生活と文化をないまぜにしながら語られている。そんな本です。

          ――それって「この本を誰に届けたいか」という話にもつながりますよね。 たとえばガイドブックなら「外の人」を意識するじゃないですか。

          ゆずこさん:もちろん、広島の外にも届けたいんですよ。でも、まずはこの街で暮らす人たちに読んでほしい。それが出発点です。

          水木さん:自分たちが暮らす街の魅力を、もう一度見つめ直してほしいというか。一人ひとりが日々の暮らしの豊かさとか楽しさに気づくことって、意外と大きな力になると思うんです。

          ゆずこさん:「ないもの」を挙げたら、それはキリがないんです。たしかに、若い人たちは、どんどん広島から出ていっている。それって結局は、「この街に希望を見出せない」ということじゃないですか。だからこそ私たちは、この本で「そんなことないよ」と伝えたかった。広島の魅力、ちゃんとあるよって。

          今田さん:僕も高校時代は東京に憧れがありましたし、実際に上京もしました。だから若い人たちが感じている「物足りなさ」にも共感できるんです。でも、きっと人生のどこかのタイミングで、広島の魅力に気がつく瞬間もある。この本が、そのきっかけになればうれしいですね。

            「かっこよさ」も必要だけれど、大切なのは「顔」が見えること

            ――『ニューHOPE』というタイトルは、どなたが考えたんですか?

            又吉さん:最初の打ち合わせのときに、中山さんが。

            中山さん:コロナ禍の頃に「High Hopes 」という曲をよく聴いていて。「HOPE」という言葉が、ずっと気になっていたんです。

            水木さん:打ち合わせの最後に、中山さんがノートパソコンを開いて「ニューHOPEって、どうですか?」って。すごくいい響きだなと思いました。あえて「広島」と銘打っていないのもいいなと。

            中山さん:「広島」と入れた途端に、イメージが固まってしまうというか。それと、広島は「平和都市」として語られることが多いじゃないですか。でも「平和」とか「PEACE」っていうと、ちょっと構えてしまう。「HOPE」なら、もっと自然に受け止めてもらえる気がしたんです。

              ――デザインにもすごくこだわりを感じました。まずはサイズ感が絶妙ですよね。

              中山さん:「ポケットに入れて持ち歩けるサイズがいいよね」ということで、今のかたちに落ち着きました。

              ゆずこさん:やっぱり街の本だから、気軽に持ち歩いてほしいじゃないですか。そのためには、かばんからさっと取り出したときに、“さまになるデザイン”じゃないと、と。

              又吉さん:タイトル部分も、あえて印刷じゃなくてシールにしたんですよ。

              ――そこ、気になっていました。なんでシールに?

              ゆずこさん:こっちの方がかっこよくないですか(笑)?

              又吉さん:本当はISBNも入れるつもりだったんですけど、それもイラストの邪魔になるからって。

                ゆずこ:表紙のイラストはYunosukeさんという広島出身のイラストレーターに書き下ろしてもらったんですけど、それが素晴らしすぎて。最後の最後で「これはこのままが一番でしょ」となって、泣く泣くバーコードを入れるのは諦めました(笑)。

                ――まさかそんな理由が(笑)でも、たしかに印象的なイラストですよね。

                ゆずこさん:地元の人が見たら「広島の街っぽいけど、なんかちょっと違うな」と感じると思うんです。見慣れた街の景色を、少しだけ視点を変えて描いてくれていて。

                中山さん:ちょっと映画のワンシーンのような、独特の空気感がありますよね。デザイナーとしても、大満足の仕上がりです。

                ――あえて意地悪な質問なのですが、みなさん「かっこよさ」にはすごくこだわりがありますよね。でも、今ってそういう「かっこよさ」に疲れてしまっている人も、結構いると思いませんか?

                中山さん:僕自身がそういうタイプです(笑)。でも、ローカルなテーマを、ローカルなデザインでまとめてしまうと、誰にも届かない気がしたんです。デザインにも工夫がないと、最後まで飽きずに読んでもらえないだろうし。その上で、単に「かっこよさ」を追求するのではなくて、ある種の土臭さとか手触りというか、誌面に登場している人たちの「顔」が見えることも意識したつもりです。

                ゆずこさん:SNSの反応を見ても、「かっこいい」みたいな感想って、全然ないんですよね。「とにかく熱い!」「よくぞこの人に!」みたいな声ばかりで。見た目以上に、気持ちの部分を受けとってもらえたのかなと思っています。

                水木さん:あとは「お土産にぴったり」という声もいただいています。広島から東京に遊びに行く人が、手土産としてこの本を選んでくれたり。思ってもみなかった広がり方で、うれしい驚きでした。

                  100人から集めた「新しい希望」をたよりに、自分たちの足を使って

                  ――中身のお話しも伺っていけたらと思います。広島で暮らすさまざまな人の声が集められていますが、取材先はどうやって選んでいったんですか?

                  ゆずこさん:企画を詰める前に、広島で暮らす100人の人たちに「あなたにとって、新しい希望は?」という質問をしたんですよ。それで集まった回答を、AからZまでの26のキーワードに編集していきました。そこから中山さん以外の4人で分担を決めて、去年の11月から取材をはじめる予定だったんですけど……まあ誰も動かない(笑)。最初に原稿を上げてくれたのが水木さんでしたよね。

                  水木さん:一番話を聞きたい人に取材したからね。自転車屋の店員さんなんですけど、僕が勝手にファンだったので(笑)。

                  ゆずこさん:それを見て、ほかのメンバーもようやく焦りだして。それが今年の1月~2月頃ですね。

                  又吉さん:その時期、ほんとに忙しくて死ぬかと思いました。

                    ――本業もあるなかで、そこまで頑張れたのって、なんでなんですか?

                    水木さん:やっぱり、チームがよかったんだと思います。みんなのことをリスペクトしているからこそ、がっかりさせたくなかった。それが一番のモチベーションでしたね。

                    今田さん:あとはやっぱり、取材に応じてくれた人たちへの責任感ですよね。

                    中山さん:今田さんは、何度もお店に通ってアポを取ったりしていましたよね。

                    今田さん:普段は取材NGのお店もありましたからね。何回か通って顔を覚えてもらい、「今かな?」というタイミングでお願いしました。

                    ゆずこさん:それでいい話が聞けちゃうと、また筆が遅くなってしまうという……。

                    又吉さん:締切当日に、今田くんとふたりで集まって「……どうする?」って。

                    今田さん:ふたりで作業している様子だけグループLINEに投稿して、原稿は出さないっていう。

                    ゆずこさん:君はほんとに文豪気質だからね(笑)。

                      「つくる人」と「うけとる人」の生態系もつくっていきたい

                      ――メディアの持続性、みたいなことはどう考えていますか?

                      又吉さん:僕はちょっと燃え尽きたので……。

                      ゆずこさん:いやいや(笑)。私はもう2号目のことを考えていますよ。みなさんから集めた「希望」を、まだ全然拾いきれていないし、みんな取材をしながら気づいたこともあると思うので。だから年に一回くらいは、ね。どうですか? そのくらいのペースなら。

                      水木さん:……又吉くんが不安そうな顔してる(笑)。

                      ゆずこさん:大丈夫、骨子はできてるから。次は今回ほど大変じゃないって!

                      又吉さん:いや、もちろんやりましょう! 

                      中山さん:2号目をつくるのは当然として、これが広島以外の土地に広がっていったら面白いですよね。東京版の『ニューHOPE』とか。

                      水木さん:ただ本をつくるだけじゃなくて、制作のなかでつながりが生まれた人や、読んでくれるみなさんを巻きこみながら、イベントとかも企画できたら楽しそうだよね。

                        ゆずこさん:持続性という意味では、もっと若い世代も巻き込んでいきたいですね。できたら、チームに加わってもらって。取材を通じて街の人と出会うことって、街を楽しむきっかけにもなるし。

                        今田さん:今のところ僕が最年少だけど、それでも36歳ですからね(笑)。

                        ゆずこさん:一緒にやらないにしても、若い人たちに「自分たちも、こういうものをつくりたい!」と思ってもらえたら、それだけでもう「新しい希望」だと思います。

                        又吉さん:自分でも取材してみたい、書いてみたいって人は、きっと増えるんじゃないかな。

                        今田さん:そうやって広島が「書き手がいっぱいいる街」になったら、めちゃくちゃ面白いと思います。いろんな人が、いろんな視点で、好きなことを好きなように発信している。そういう街になったらいいなという思いは、前職の頃からずっとありました。だから『ニューHOPE』をきっかけに、新たな書き手が出てきてくれたら、個人的にはすごくうれしいです。

                        水木さん:そうか、そういう広がり方もあるのかあ。

                        今田さん:一回でも「つくること」を体験した人って、「受けとること」も上手になると思うんです。そういう作り手と受け手の循環というか、生態系みたいなものが生まれたら、きっと街がもっと楽しくなるんじゃないかな。だからたとえば、ゆずこさんと一緒に街を歩いて、編集を学ぶワークショップとかがあったらいいな、と。勝手に思っています(笑)。

                          つくることも、暮らすことも。もっとみんなで、もっと自由に

                          ――みなさんのお話しを聞いていると、広島の未来って、すごく明るいんじゃないかと思えてきました。

                          ゆずこさん:それは明るいですよ。明るさしかない(笑)。ていうのも、「あのお店が頑張っているから、私もこのあたりで何かやろう」みたいな仲間意識が、自然と根付きはじめていて。中広とか十日市のあたりは、まさにそうやって盛り上がりはじめています。

                          今田さん:今のゆずこさんの言葉は、すごく本質を突いていると思います。デベロッパーや行政が、「このエリアは、こうしたい」というのも、まあ、いいんですが、それってある意味では「空論」に過ぎないんですよね。実際に街を動かしているのは、「あのお店があるから、自分もここで何かをやりたい」といった、もっと個人的で具体的な動機だと思うんです。

                            ――広島のこれからが、ますます楽しみになってきました。最後に、これは恒例の質問なのですが、みなさんにとって「暮らし」とはなんですか?

                            ゆずこさん:自分なりの「心地いい」を探すこと、ですかね。自分の半径10メートルくらいを、好きなもので満たしていきたいというか。だから自分の好きなお店に通うし、家の中もお気に入りのもので整えていきたい。

                            今田さん:「心地よさ」が足りなければ、自分でつくればいい、というスタンスも大切ですよね。僕自身はまだまだですが、ここにいるみなさんはそれを実践されてきた人たちなので。

                            中山さん:僕は「弱い力」を信じたいと思っています。一人ひとりの小さな営みの積み重ねが、やがて文化や風景になる。そんな“じわじわとした拡がり”こそが、暮らしの本質なのかなと感じています。

                            水木さん:昨日よりも今日を、今日よりも明日を、少しでも良くしていく。その変化を“顔が見える誰か”と分かち合えることが、暮らしの豊かさなのかも。そんなことを思ったりしています。

                            又吉さん:現実的なことを言えば、「顔が見えるめんどくささ」もあるじゃないですか。でも、広島はそのバランスが絶妙なんですよ。ひとりでいたければひとりでいられるし、誰かに会いたいときは顔なじみのお店にふらっと立ち寄れる。だから僕みたいな半引きこもりでも、ちゃんと生きていけるわけで(笑)。その自由さも、広島で暮らすことの大きな魅力だと感じています。

                              interview/writing
                              福地敦
                              photograph
                              田頭義憲(ウリボー写真事務所)
                              Support
                              泉水政輝(Shime inc.)

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