「何もないと思っていた場所」が、ある日突然、物語の入り口に見えたら。 私たちの日常は、もっと豊かで面白くなるのではないでしょうか。

こんにちは。「土地」と「住まい方」から、これからの広島らしい暮らしを考えるメディア「Regrid」です。

私たちは、広島という土地に刻まれた「記憶」を発掘することで、現代の暮らしを新しい視点で見つめ直すきっかけを探しています。その最初の一歩として、今回から「広島の昔ばなし」に光を当てる連載をスタートします。

取り上げるのは、広島市南区宇品エリア。 この港町に、「狗賓(ぐひん)さん」と呼ばれる不思議な存在の伝承が残されていることをご存知ですか?

この記事を読めば、あなたが知る宇品の風景が、少しだけミステリアスに、そして愛おしく感じられるはず。まずは、物語の舞台となる宇品がどんな場所なのか、少しだけ時間を遡ってみましょう。

宇品ー港と新しい暮らしが交わる街

さて、今回の物語の舞台となる「宇品」と聞いて、あなたは何を思い浮かべるでしょうか。

路面電車の終着点。四国や宮島へと向かうフェリーが行き交う広島港。週末には、海沿いの大型商業施設や公園が多くの家族連れで賑わい、洗練されたマンション群が新しい暮らしの風景を描き出す——。

宇品は、活気と開放感にあふれたベイエリアです。交通の結節点として、また新しいライフスタイルが生まれる場所として、多くの人々がこの土地に関わり、日々新しい景色が生まれています。

人々がまだ、海を埋め立てて暮らすずっと以前から続く、不思議な物語。今回取り上げる昔ばなし「狗賓さん」は、そんなかつての宇品の姿を知る、古の住人なのかもしれません。

    「狗賓さん」

    むかしむかし、広島の元宇品(もとうじな)が、まだ緑の深い「宇品島」という島だったころのお話です。

    この島には、森の守り神「狗賓(ぐひん)さん」が住んでいると信じられていました。狗賓さんは天狗の仲間とも言われ、姿は見えませんが、森を大切にしない人には、ちょっと不思議なことをして教えるといいます。

    ある日、山でせっせと松葉を集めていたお嫁さんが、荷物を背負おうとした、その時。 ぐいっと強く、誰かに後ろへ引っ張られました。驚いて振り返っても誰もいません。 「これは狗賓さんの仕業だわ」 そう気づいたお嫁さんは、すぐに森に向かって手を合わせ、「狗賓さん、お邪魔しました。どうかお許しください」と謝りました。すると、すっと力が抜けて、頭の上の方から「ケラケラ」と不思議な笑い声が聞こえてきたそうです。

    また、ある時には、島に住む少年が突然いなくなって、村中が大騒ぎになりました。 みんなで必死に探したところ、次の日、なんと海のずっと沖にある岩の上で見つかったのです。 「どうしてあんな所に?誰に連れて行かれたんだい?」 大人たちが聞いても、少年は「絶対に言うな、と口止めされてるから…」としか答えません。人々は、森で何かしてはいけないことをした少年を、狗賓さんが懲らしめたのだろう、と噂しあいました。

    狗賓さんは、この神聖な森を人々が敬うように、そして自然を大切にするように、時々こんな不思議な方法でメッセージを伝えていたのかもしれません。

    今も緑が深い元宇品の森。もしかしたら狗賓さんは、今も木の陰から、私たちのことを見守ってくれているのかもしれませんね。

    現代に残る、狗賓さんの気配

    「元宇品公園の森」。広島港やプリンスホテルのすぐ隣にありながら、一歩足を踏み入れると、ベイエリアの喧騒が嘘のように静まり返ります。空を覆う巨大なクスノキや原生林が広がり、そこには太古から続く神聖な空気が流れています。

    開発が進み、新しい暮らしの風景が広がる宇品。その一方で、すぐ隣には、狗賓さんの物語が息づく深い森が、今も静かに存在しているのです。

    元宇品の森を訪れて、狗賓さんの気配を探してみてはいかがでしょうか。耳を澄ませば、風の音に混じって、あの不思議な笑い声が聞こえてくるかもしれません。

    広島市中心を舞台にマルシェ、スポーツ、音楽、アート、焚き火、学びが詰まったイベント「CITY SCAPE!」は11月22日(土)〜24日(月・祝)の今週末ぜひみなさまご参加ください!

      illustration
      ヘルミッペ / Hermippe
      writing
      泉水政輝(Shime inc.)
      photograph
      田頭義憲(ウリボー写真事務所)

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