気がつけば2025年も、残りわずか。日ごとに寒さと忙しなさが募ってくるこの季節に、少しだけ心と身体をゆるませてくれるのが「銭湯」です。

あらためて考えてみると、銭湯というのは不思議な空間です。数百円を支払うだけで、「ただそこにいるだけの時間」を多くの人と共有できる。「公共」というほどかしこまってはいないけれど、かといって私的すぎる空間でもない。どこにも属さないようでいて、まちの風景にはしっかりと根づいている。

そんな銭湯について思いを馳せることは、これからの“暮らし”のかたちを想像することに、どこかでつながっているかもしれない――。

というわけで今回は、「銭湯文化を永遠に!」というビジョンを掲げ、デザインで沸かす6人組のプロジェクトチーム「SENTO FOREVER」のみなさんとともに、広島市内をめぐりながら“銭湯のある日常”について考えてみたいと思います。

原爆を生き残った“煙突”がシンボルの土橋温泉

SENTO FOREVERのみなさんと合流するために、編集部一行がまず向かったのは、広島市中区の猫屋町ビルヂングです。

実はこの日は、エリアマネジメント団体、企業、市民がクロスして、まちに「新たな景色」を描き出すイベント「CITY SCAPE!」の会期真っ只中。

SENTO FOREVERのみなさんも、その一環としてここ猫屋町ビルヂングで開催されたマーケット「Layered」に出店し、マルニ木工とコラボレーションしたサウナハットをはじめ、さまざまな銭湯グッズを販売されていました。

その忙しい合間をぬって、メンバーの湊さん、大竹さん、藤澤さんに、広島の銭湯巡りにお付き合いいただくことに。みなさん、今日はどうぞよろしくお願いします!

    最初に訪れたのは、猫屋町ビルヂングのほど近くにある銭湯「土橋温泉」です。入口にかけられた“のれん”のデザインの話で盛り上がっていると、その声に気づいたのか、女将の岡峰朋子さんが玄関から顔を出してくれました。

    岡峰さん:オカミのオカミネです。今日は東京からわざわざ来てくれたんでしょう? なんかちょっと恥ずかしいね(笑)。

    そう優しく笑う岡峰さんに、早速あれこれ伺ってみました。

    湊さん:ここは何年くらい前から営業されてるんですか?

    岡峰さん:たしか昭和28年くらいだったと聞いてます。戦争の前から、もともとここには「土橋温泉」という同じ名前の銭湯があったらしいんだけど、戦後にウチの主人のおじいちゃんがここを買い取ったのがそれくらいで。

      藤澤さん:じゃあ、原爆が落ちる前から……?

      岡峰さん:建物自体は原爆で壊れてしまって建て直しているんだけど、あそこに煙突が2本あるでしょう。あの古い方は、原爆の前から残っとったものらしいんですよ。この看板なんかも、壊れた建物の中からウチのおじいちゃんが見つけだしてきてものらしくて。

      大竹さん:あの煙突は、今も現役なんですか?

      岡峰さん:今はもう使ってるのは、新しい方だけなんだけどね。でも、みんな見慣れてるウチのシンボルみたいな煙突だから。それに撤去にもお金がかかりますから(笑)。

        おじいちゃんおばあちゃんから、部活帰りの中高生まで

        ひとしきり煙突や看板の話を伺ったあと、岡峰さんが「まあまあ、中も見ていってくださいね」と案内してくれました。のれんをくぐって脱衣所へ足を踏み入れると、最初に三人の目を奪ったのは「寝式マッサージ器」と書かれた謎の(?)マシーンです。

        岡峰さん:ちょっと見かけん機械でしょう。これが結構、人気なんですよ。ちょっとやってみますか?

        湊さん:いいんですか?

        岡峰さん:これを使うときはね、足が浮き上がらないように“重し”を載せるんですよ。じゃあ、動かしますよ? 

        湊さん:……おお、これは効きますね!ローラーがゴロゴロ動いて、背中とかふくらはぎがめっちゃほぐれる。なんだろう、はじめての体験です(笑)。

        代わる代わるマッサージ器を利用する三人。すっかり凝りもほぐれたところで、今度は浴場も見学させていただきました。

          大竹さん:浴場の中央に湯船がある、いわゆる“関西風”のレイアウトだね。

          藤澤さん:この小さい銭湯絵がいくつもあるスタイルも、はじめてみたかも。これ、しかもタイルに直接描いてるのかな。

          湊さん:タイルもとにかく可愛いねえ。浴槽のかたちにそって、うまいことタイルを敷き詰めてるのも芸が細かいなあ……。

          大竹さん:桶も“ケロリン”じゃないみたい。花王のビオレだって。ちょっと小ぶりなのが使いやすそう!

          各々の視点で、気になるポイントをチェックしていく三人。それにしても銭湯の細部にこれほど“見所”があるなんて、そういえば考えたこともなかったかもしれません。

            藤澤さん:でも、やっぱり自然光が入ってくるのが気持ちいいね。

            大竹さん:この壁にはめ込まれたガラスも、ちょっと珍しいよね。ちょうど斜めに光が差してきていい感じ。

            湊さん:お湯は何度くらいなんですか?

            岡峰さん:冬場は寒いから、だいたい40度から42度のあいだを行ったり来たり。夏場はちょっとぬるめの40度くらいで、ちっちゃいお子さんでも入りやすいようにしてます。

            藤澤さん:普段はどういうお客さんが多いんですか?

            岡峰さん:早い時間は、おじいちゃんとかおばあちゃんとか。部活終わりや試合帰りの中高生たちも寄っていくし、夜の遅い時間は仕事帰りの社会人の方かな。近所にワンルームも多いから、寝る前に温もりたいっていう人が9時ぐらいにパジャマ姿でパッといらしゃったり。ほんと、年齢層は幅広いですね。

            大竹さん:これは私たちも入りにこなきゃだね。

            岡峰さん:ぜひぜひ!みんなでゆっくり温もりにおいでね。

            「取材が終わったら、また寄らせてもらいますね!」と岡峰さんと小さな約束を交わして土橋温泉をあとにする三人。この“いつでも帰ってこられる感じ”こそが、長年地域のみなさんに愛されてきた理由なのかもしれません。

              みんな裸で丸腰だから、平和になれる

              次の目的地に向かう道すがら、「せっかくなら広島らしい場所にも」ということで、平和記念公園にも立ち寄っていただきました。実は平和記念資料館の位置するあたりには、かつて「菊の湯」という銭湯があったことが近年の発掘調査で明らかになっています。

              大竹さん:この公園のあたりも、昔は全部が町で、普通に人が暮らしてたってことですよね。それがいっぺんになくなっちゃった。ちょっと想像できないね……。

              湊さん:ほんとに……。でも、そう考えると銭湯って平和だよね。みんな裸で、みんな丸腰だし。それでみんなで仲良しで、みんな最高で。

              藤澤さん:裸になると、喧嘩なんかできないよね。

              この場所でたしかに、暮らしの営みがあったこと。それが一瞬で奪われてしまったこと。それでも、人々はここで再び平和を積み重ねてきたこと。そんなあれこれに思いを馳せるようにして、しばし「平和の灯火」に手を合わせるのでした。

                繁華街に佇む「音戸温泉」は、12年かけて掘り当てた奇跡の温泉

                土地の歴史と記憶を感じながら、ふたたび広島のまちを歩きはじめた三人。平和大通りと中央通りの交差点を過ぎると、あたりの様子が少しずつ変わってきます。そう、ここは広島市最大の歓楽街・流川町。その賑わいのなかに佇むのが、次なる目的地である「音戸温泉」です。

                音戸温泉は、その名の通り、本物の「天然温泉」を使った銭湯です。それにしても、こんな繁華街のどまんなかに、どうして温泉が……?

                出迎えてくれたオーナーの吉村昌峰さんに、そんな疑問をぶつけてみました。

                  吉村さん:先代のオーナーである私の親父が、12年かけて地下850メートルのところで温泉を掘り当てたんですよ。元々、ここで銭湯をやってたんだけど、温泉を掘りはじめたのは昭和48年とかだったかな。

                  藤澤さん:えー! 

                  吉村さん:これと言った根拠はなかったらしいんですけどね。当時は、広大の教授だとかにも、「絶対に出ない」とテレビで断言されたり(笑)。でも親父の考えでは「地球の真ん中は熱いんだから」と。そんな単純な理屈だったようです。

                  大竹さん:でも、それを信じて12年も……!

                  吉村さん:まあ、銭(ゼニ)があったんですよ。戦後は全部焼け野原で、新しく家を建てようにも木材が足りない。それでみんな長屋住まいで風呂がないから、銭湯に行くしかない。要するに、当時はすごく儲かったんですよ。で、その資金を元手に温泉を掘りをはじめた、というわけです。

                    湊さん:素朴な質問なんですけど、当時は温泉ってどうやって掘ってたんですか?

                    吉村さん:いわゆるボーリングですよね。最初はね、別府の業者を呼んだんですよ。でも、別府は温泉地だからちょっと掘れば温泉が出るんですね。でも、ここだと100メートル、200メートルと掘っても何も出てこない。それで業者も音を上げたらしくて。

                    藤澤さん:それからはどうしたんですか?

                    吉村さん:今度は北海道から石油を掘る業者を呼んできて。でもまあ、正直にいうと、当時は私もそんなに関心がなかったんですよ(笑)。

                    湊さん:じゃあ、「ついに温泉が出たぞ!」みたいな日も、あんまり覚えてないんですか?

                    吉村さん:いやいや、それは結構な大騒ぎでしたからね。新聞とかテレビでもニュースになって。市内には温泉ってなかったですから。オープン初日の行列はすごかったですよ。

                      「中2階」にサウナがある、不思議な浴場

                      執念ともいえるような情熱によって生まれた温泉――。そんな貴重なエピソードに耳を傾けながら、吉村さんに案内されて三人は浴場へと足を踏み入れます。

                      藤澤さん:あれ? 石鹸受渡口? これ何ですか?

                      吉村さん:ああ、これはね、夫婦のお客さんとかが、石鹸とかシャンプーとかをここから受け渡すんですよ。「こっちは洗い終わったよー」とか声をかけながら。

                      湊さん:おもしろーい!はじめて見ました!

                      吉村さん:まあ最近は使い捨てのシャンプーとかあるから、あんまり使ってる人もいないんだけど。

                        大竹さん:でも、ほんとに変わった構造ですよねえ。浴場のなかに階段があって、中2階がサウナになってる。ちょっとサウナも入ってみていいですか?

                        吉村さん:ぜひぜひ。

                        湊さん:足元にストーブが仕込まれてる、いわゆる「ボナサウナ」ですね。椅子が高いのもめっちゃいいですね。

                          実は三人が音戸温泉を訪れるのは、これははじめてではありません。以前にもプライベートでお湯につかりにきたことがあるそうです。

                          湊さん:サウナもいいんですけど、私はここの薬湯も大好きで。めちゃくちゃ濃いんですよ。

                          大竹さん:私は閉店時間ギリギリだったから、ザブッと浸かってくらいなんですけど……。でも、ここは25時まで営業してるんですよね。

                          吉村さん:まあ、場所柄というか、繁華街にあるからねえ。

                          藤澤さん:今はどんなお客さんが多いんですか?

                          吉村さん:最近は、外国のお客さんが増えましたね。昨日か一昨日だったかも、韓国のお客さんが来てたんだけど、パスポートを忘れて行っちゃって。これは大変だと思って深夜1時に交番まで届けに行ったんですよ。それでドアのところにも、「Passport , Police Box」と書いた張り紙をしておいて。

                          湊さん:えー、やさしい!

                          吉村さん:交番から戻ったらもう張り紙がなかったから、まあきっと取りに行ったんでしょうね。そんなことも、わりとよくありますねえ。

                          まさに湯の湧くごとく、掘れば掘るほどエピソードが出てきそうですが、残念ながらこのあたりでそろそろタイムアップ……!名残惜しさを感じつつも、吉村さんにお礼を伝え、三人は音戸温泉をあとにしました。

                            温泉の地下には、カルチャーを沸かす食堂が

                            さて、音戸温泉の地下には、音楽食堂ONDOというユニークなお店があります。「安心できる食材で、身体に優しい夕食を」をモットーに、食事やお酒を提供するほか、週末にはDJイベントも開催されているのだとか。

                            そしてなんでも噂によると、店長の森脇敏さんは大の銭湯好きとのこと……! まるで隠れ家のような落ち着いた店内で、じっくりとお話を伺ってみました。

                            湊さん:温泉の地下にこんな場所があるなんて、なんだか不思議ですね。

                            森脇さん:そのコンクリートの壁の向こう側には、地下から温泉を汲み上げるパイプだとか、ボイラーのような設備が入っているんですよ。まあ、僕もそこに入ったことがあるのは一度だけなんですけど。でも、音戸温泉には毎日通ってます。今日もさっき入ってきました(笑)。

                              藤澤さん:えー! それは最高ですね。でも、なんでここでお店をはじめようと思ったんですか?

                              森脇さん:元々、音戸温泉にはよく通ってて。昼間は肉体労働をして、夜はこの辺でDJをやったりしてたんで、大体ここでひとっ風呂あびてから出かける、みたいな感じだったんですよ。それで、この地下はずっとフィリピンパブだったんですけど、あるとき「最近、電気がついてないな」と気がついて。見に行ったら「テナント募集」と張り紙があったので、じゃあ自分が借りてみようかなと。それが今から10年くらい前のことですね。

                              大竹さん:その前は、何をされてたんですか?

                              森脇さん:東京にいたんですよ。地元は広島なんですけど、やっぱり音楽がやりたくて、高円寺のあたりに住んでました。だから小杉湯とかはよく通ってましたね。

                              湊さん:おお~!広島に戻ってきたのは、何か理由があったんですか?

                              森脇さん:東京でDJとかをしていて、まずはシンプルに音楽とかアートとか、食事を楽しめる場所を地元にもつくりたいと思ったんです。あとは、311の経験も意外と大きくて。自分は被爆三世なんですけど、“放射能”というものを具体的に意識したのはあの時がはじめてでした。当時は、セシウムがどうこうって話しもあったじゃないですか。

                              藤澤さん:うんうん、ありましたよね。

                              森脇さん:それで食べものの大切さみたいなことも、あらためて感じるようになって。だからウチで出している食べものも、なるべく添加物とか農薬とかは排除して、身体にいいものを食べてもらえたらと思っています。

                              大竹さん:身体にいいものが食べられて、音楽が聴けて、しかも真上には温泉もある。ほんとに最高ですね……!

                                森脇さん:ちなみにみなさんは、どれくらい銭湯に行かれるんですか?

                                湊さん:多いときは、週8で通ってます!

                                森脇さん:週に2回の日があるんですね(笑)。でも、僕もそれくらいかもなあ……。

                                湊さん:森脇さんも、相当の銭湯好きだと思うんですけど、森脇さんにとって銭湯ってどんな存在ですか?

                                森脇さん:うーん、もう完全にルーティンというか。湯船に浸からないとダメですね、仕事をする気にならない(笑)。

                                その言葉に大きく頷く三人。銭湯好きにとって、銭湯は特別なものではなく、暮らしを整えるための、“日々のリズム”のようなものなのかもしれません。森脇さんを交えた銭湯談義に耳を傾けながら、そんなことを思ったのでした。

                                  暮らしには、お湯が必要だと思う

                                  三人の銭湯巡りは、ここでひと区切り。ほんとうは訪ねてみたい銭湯がもっとたくさんあったのですが、そろそろイベント会場へ戻らなければなりません。

                                  大急ぎで猫屋町ビルヂングに戻ると、“店番”を務めてくれていたSENTO FOREVERの林さん、塚本さん、有本さんと合流。今日見聞きしてきた“広島の銭湯の今”をあれこれ語り合っています。

                                  その熱気に水を差すようで恐縮ですが――ここで定番の質問です。

                                  あなたにとって、暮らしとは?

                                  塚本さん:睡眠と健康!

                                  林さん:あと食事と風呂と友情かな。

                                  藤澤さん:そういう日々の暮らしにちゃんと向き合うというか、一生懸命暮らすことで培ってきたものが、パッと花開いて仕事にもつながっていくというか。SENTO FOREVERの活動は、そういう感じなのかなって。

                                  大竹さん:自分たちが楽しいと思ったことを、みんなにもお裾分け、みたいな感覚だよね。今日お会いした銭湯の店主さんたちも、みなさんすごくご機嫌だったし(笑)。

                                  有本さん:楽しむのは大事だよね。一生懸命、暮らしを楽しむ。

                                  湊さん:これだけは言えるのは「人生にはお風呂が必要だ」ってことです(笑)。

                                  そんなみなさんの言葉を聞いていると、あらためて思うのです。銭湯とはやっぱり、不思議な空間だと。

                                  すぐそこにある当たり前のものなのに、暮らしの“温度”を少しだけ高めてくれる。人と人とのつながりを、押しつけがましくなくあたため直してくれる。

                                  今夜は湯船にゆっくり浸かりながら、もう一度“暮らし”について考えてみよう――。

                                  取材の帰り道、ふとそんなことを思ったのでした。

                                    interview/writing
                                    中澤敦(合同会社ことりうみ)
                                    photograph
                                    田頭義憲(ウリボー写真事務所)
                                    Support
                                    外川希 /泉水政輝(Shime inc.)

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