生きることと、食べること。そのつながりが、どこか希薄になっていると感じることはありませんか?

スーパーやコンビニに並ぶ食材を、忙しさのなかで「商品」として消費する。「食」を取り巻くさまざまな課題や不安の根本には、そんな空虚さがあるのかもしれません。

では、私たちの「食」と「生」を、もう一度つなぎ直すためには、どうすればいいのでしょうか。ヒントを探るために訪れたのは広島県安芸太田町。狩猟や昆虫食を取り入れた暮らしを実践する、束元理恵さんのご自宅です。

林業を営む夫の英大さんと、生まれたばかりのお子さんと三人で、築100年を超える古民家を改装し、自分たちで直しながら暮らしているという束元さん。室内に足を踏み入れると、外の厳しい寒さが嘘のように和らぎます。「薪ストーブを使っているんです」と、束元さんが笑顔で迎えてくれました。

薪を割り、獣や虫を追いかけ、田畑を耕し、子どもを育てる。自然のなかで「食べること」と「生きること」に向き合ってきた彼女の言葉に、そっと耳を傾けてみます。

イノシシもバッタも。
そこにいるなら、食べてみよう

——束元さんが、今のライフスタイルを選んだきっかけって、どこにあるのでしょうか?

束元さん:最初のきっかけは、独身時代に働いていた尾道のゲストハウスで、猟師さんと知り合ったことでした。狩猟の話を聞いたり、お肉をわけてもらったりしているうちに「自分もやってみたいな」と思うようになったんです。

——自分の力で獲物をつかまえて、食べてみたい、と。

束元さん:「自分で食べるものくらい、自分で手に入れられるようになりたい」と思ったというか。昆虫食をはじめたのも、同じような感覚でした。積極的に昆虫を食べたい、というより「そこにいるなら、食べてみようかな」くらいの気持ちです。バッタは味がエビに似ているので、パスタの具にしてみたりとか。ふりかけにして、夫のお弁当に入れたこともあったのですが、ちょっと不評だったのでやめました(笑)。

英大さん:そんなこともあったね(笑)。

——英大さんも、狩猟免許をお持ちなんですよね?

英大さん:そうですね。僕は元々、江田島で消防士をしていて、狩猟なんてまったく興味がなかったんです。でも、妻と知り合い、イノシシを解体したりしているのを見ているうちに「自分もやってみようかな」と思うようになって。安芸太田に移住してからは、林業の会社に勤めているのですが、今後は空いた時間で狩りもできたらいいなと思っています。

——じゃあ生活もガラリと変わったんですね。

英大さん:でも僕自身は、何かが変わったという実感はそれほどなくて。うーん、なんでなんでしょう……。

束元さん:彼は、すごく柔軟な人なので(笑)。気持ちをパッと切り替えて、ここでの暮らしにもすぐに馴染んでいた印象でした。

    「働くこと」と「食べること」が
    イコールでつながっていく

    ——束元さん自身は山での暮らしをはじめるにあたって、不安はなかったですか? たとえば、お金のこととか。

    束元さん:まったく不安がなかったと言ったら嘘になります。でも、このあたりは家賃も安いし、ウチの場合、ある程度は食べものも自給自足できるので。もちろんお金は大事だし、だから私も外に働きにでることもあるのですが、生活に必要なお金自体は、そこまで大きくないんです。

    ——そういう生活をされていると「仕事」とか「働く」ということの意味も、変わってきそうですね。

    束元さん:普通は、仕事をしてお金を稼いで、それで食べものを買いにいくわけですよね。でも、私たちの場合は、狩りをすればお肉が手に入るし、お米や野菜は自分で育てることもできる。なんていうか、ここでの暮らしは「仕事」と「食べること」の距離が、すごく近いんです。

    ——そうか。「仕事」と「食べること」のあいだに、「お金」が介在しなくなるんですね。

    束元さん:そうなんです。たとえば、草刈りをしているときに、ふとワラビを見つけたら、採って帰る。草刈機で間違えて蛇を切ってしまい、せっかくなので食べてみたら、意外とおいしかった、なんてこともありました。「食べるものって、意外と身の回りに転がっているんだ!」という感覚は、どんどん強くなってきています。

      狩猟も昆虫食も、
      自然と暮らすための口実なのかも

      ——束元さんと私たちとでは、同じ山を見たとしても、見えるものが全然違いそうですよね。

      束元さん:山は本当に、情報の塊だと思っていて。でも、最初はそれが見えないんですよ。自分たちで山を歩いて、何かを見つけて、それについて人と話したり、持って帰って味わったりしているうちに、見えなかったものが、だんだんと見えてくる。手触りとか匂いとか、光の感じとか、そういうのも含めて「山が自分のなかに入ってくる感じ」は、すごくありますね。

      ——やっぱり、自然が好きなんですね。

      束元さん:そうですね。狩猟とか昆虫食とかは、山で暮らすための手段というか、口実みたいなところがあって。自然を感じながら暮らすことが、まずは好きなんだと思います。

      ——一方で、束元さんたちは今、子育ての真っ只中でもあるわけですよね。お子さんが産まれたこと、何か変化はありましたか?

      束元さん:夜泣きが大変だったりというのは、多分、みなさんと一緒で。今はこの子が小さいので、狩猟もちょっとお休みしているんです。田んぼの仕事とかも、前よりは休み休みでやっているので、思うように作業が捗らないこともあります。あとはやっぱり、オムツやミルクが必要なので、前よりもお金はかかるようになりましたね。

      ——まさにそこなのですが、普通に会社で働いている人は、お金を稼いで快適な暮らしをしたり、家族を養っていくことがモチベーションになっていると思うんです。

      束元さん:そうですよね。実際、私も今は育休中ですが、近所にある鹿肉やイノシシ肉を加工・販売する会社をお手伝いすることもあって、それはもちろんお金のためでもあるんです。でも、そこには地元のおじいちゃんやおばあちゃんもいれば、地域おこし協力隊として安芸太田にやってきた人もいて。そういう色んな人たちとのつながりを求めて、仕事をしている部分も大きいんだと思います。

        自然とともにあるからこそ、
        人とのつながりも実感できる

        ——山での暮らしというと、厭世的なイメージを抱く人もいると思うんです。でも、お話を伺っていると、束元さんたちの場合は、ちょっと違いそうですよね。

        束元さん:そこは山で暮らすうちに、変化した部分かもしれません。私も20代のはじめの頃は、仕事のことですごく悩んだ時期もあったし、小さい頃から「変わってるね」と言われることが多かったので、どちらかというと人と関わるのが苦手なタイプでした。山で暮らしはじめたのも、やっぱり最初はそういうネガティブな思いもあって。

        ——前向きな理由だけではなかったんですね。

        束元さん:でも、山での暮らしの方が人付き合いはずっと多くて。というよりも、人に助けてもらうことが増えました。軽トラが道から落ちてしまったり、玄関のポーチが雪で潰されてしまったりとか、色々と失敗もしているのですが、そういうときに助けてくれるのは、やっぱり地域のみなさんです。だから街で暮らしていた頃の方が孤独感があったし、今の方がいつも誰かに守られているという感覚があります。

        ——そういう感覚って、都会で暮らしていると見失いがちなものかもしれませんね。まだまだ伺いたいことはたくさんあるのですが、日も暮れてきそうなので、最後の質問です。束元さんにとって、暮らしとは何ですか?

        束元さん:自分たちの手でつくるものだと思います。今住んでいるこの家も、古民家を自分たちで改装したもので、そういう場所ってやっぱりすごく落ち着くんですよ。今は田んぼでお米も作っているのですが、この子がおいしそうにご飯を食べている姿を見ていると、「来年もがんばるぞ」という気持ちが湧いてきます。そういう日々の営みすべてが、私にとって「暮らしていくこと」なのかと思っています。

          interview
          泉水政輝(Shime inc.)
          writing
          福地敦
          photograph
          akane takegawa / greenpoint design.

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