国内有数のデニムの産地として知られる福山市。

なかでも、その縫製技術の高さで知られるのが、株式会社NSGです。近年では、市内のデニム製造工程企業6社とジーンズブランド「F.F.G ( fukuyama factory guild )」を立ち上げるなど、地域のものづくりを担う一社としても知られています。

今回、お話を伺ったのは、そんな同社の代表を務める名和史普さん。

一本のジーンズに、どれだけのこだわりが詰まっているのか。デニムジーンズだからこそ表現できる価値とは何なのか。福山のものづくりの、これからとは。

広島市内でモデルとして活動するYuiさんとともに、その現場を訪ねました。


日本でものづくりを続けていくために

Yuiさんと編集部が待ち合わせたのは、JR福塩線の戸手駅。そこから10分ほど歩き、NSGの縫製工場兼ショールームへ向かいます。

なかを覗くと、深い紺色をたたえたジーンズがずらり。思わず見とれていると、名和さんが声をかけてくださいました。

名和さん:わざわざお越しいただき、ありがとうございます。福山は、今日がはじめてですか?

Yuiさん:広島市内に住んでいるので、たまに遊びにくることはあるのですが、このあたりは今日がはじめてです。名和さんはご出身も福山ですか?

名和さん:うん、そうですね。もともとは、父親がこの街で縫製工場をやっていたんですよ。僕自身は、大阪で服飾のデザインを勉強したりしていたんだけど、こっちに戻ってきて家業を継いだんです。それがいまから30年くらい前になるのかな。

    Yuiさん:当時から、デニムの縫製に特化していたんですか?

    名和さん:いや、当時はデパートで売られるような大量生産の商品を、月に何万点とつくっていたんです。ただ、そういう商品ってデザインもすぐに変わるし、生産拠点もどんどん海外に移っていっていた時期で。じゃあ、これからも国内でつくり続けられる商品って何だろうと考えたときに、辿り着いたのがデニムジーンズだったんです。

    Yuiさん:これなら国内でもつくり続けられる、と。

    名和さん:ジーンズって、もともとは作業着からスタートしたわけです。それが徐々にファッションに取り入れられるようになり、90年代にはいわゆるヴィンテージブームが起きて、国産のジーンズが世界でも評価を集めるようになった。そういう流れを、間近で見ていたのが大きかったんだと思います。

      ヨレやねじれが、カッコいい。
      旧式のミシンだからできること

      ショールームには、ジーンズとともに年季の入ったミシンが。聞くと、いずれも廃棄された工場から譲り受けたものなのだとか。「これはあくまで展示用」とのことですが、実はジーンズをつくるうえでは、必ずしも最新式のミシンが良いとは限らないと言います。

      Yuiさん:いわゆる普通のミシンでは、デニム生地は縫えないんですか?

      名和さん:縫えるんだけど、普通のミシンだと味が出ないんですよ。最初の頃はそれを知らずにジーンズをつくっていて。後工程のヴィンテージ加工を担う業者さんから、「お宅の縫製だとカッコよくならないんだよ」と言われたこともありました。

      Yuiさん:なかなか手厳しいですね……!

      名和さん:僕も若かったから、失礼な人だなあと思って(笑)。ちゃんとやっているはずなのに、なんでそんなことを言われんといけんのか、と。同じ福山市内の業者さんだったから、すぐに話を聞きに行ってみたんです。

      Yuiさん:ウチの縫製のどこがダメなんですか、と。

      名和さん:それで話を聞いてみると、「縫い方もそうだし、そもそもミシンが違うんだ」と言うんです。僕たちがやっていたことも、間違っていたわけではありません。むしろ、洋裁の基本に忠実に縫製していた。でも、デニムを縫うときはヨレやねじれこそが大切なんだ、と。

        Yuiさん:え、ヨレやねじれがあった方がいいんですか?

        名和さん:洋裁の世界だったら、ヨレやねじれがあったら商品としてはアウトです。でも、そこがデニムの面白いところで。たしかに、ヨレたりねじれたりしている方が、ある種の荒々しさを表現できるというか、色落ちしたときにカッコよくなるんですよ。

        Yuiさん:なるほど!それで特別なミシンが必要に?

        名和さん:特別なミシンというか、旧式のミシンですね。精度が高くない方が、ヨレやねじれを出しやすいんです。でも、そういうミシンって、いまはもうほとんど生産されていなくて。やっぱり、普通の用途では精度が高いに越したことはないので。だから、最初はそういうミシンを集めるのに苦労しました。

        Yuiさん:ということは、いま使っているミシンも、簡単に新しいものに買い替えたりできないのでは……?

        名和さん:そうなんです。交換用の部品も手に入らないから、そういうときは適当なありもので応急処置したり。最近では、3Dプリンターで部品を自作しないといけないかなとも考えています。

          大切なのは、できるかできないか。
          作品ではなく製品を

          NSGの縫製技術の強みのひとつは、厚手の生地にも対応できることにあります。

          一般的には15オンスを超えるデニムが「ヘビーオンス」と呼ばれますが、NSGでは25オンスのデニムも縫製可能だといいます。

          Yuiさん:他社とは、どこが違うんでしょうか?

          名和さん:やっぱりまずは設備ですね。ミシンもそのために改造しているんです。普通はそこまではやりません。改造しちゃうと、ほかのものを縫うときに使えなくなっちゃうから。

          Yuiさん:それでも名和さんが厚手のデニムにこだわった理由が気になります。

          名和さん:ほかにできないことだから、やろうと思ったんです。なんていうのかな、かっこよさの基準って数値化できないじゃないですか。さっき、ヨレやねじれの話をしたけれど、そこに価値を感じるかどうかもすごく曖昧ですよね。ヴィンテージデニムについても、みんな色々とウンチクを言うけれど、正直ちょっと怪しいでしょう(笑)。

          Yuiさん:たしかに(笑)。

          名和さん:別にヴィンテージの価値を否定するわけじゃないんですよ。でも、僕自身は「つくれる/つくれない」にしか興味がないんです。そして、ヨソではつくれないものをつくれば、それはそのまま売り物になる。要するに、僕はデニムを工業製品だと思っているし、差別化のためにも「つくれるかどうか」が一番大切なんです。

            気がつけば神輿に乗せられていた。
            それならひとつ踊らねば

            自社製品の強みを磨く一方で、NSGは地域発のジーンズブランド「F.F.G ( fukuyama factory guild )」の立ち上げにおいても、中心的な役割を担ってきました。

            さて、ここからは名和さんの奥さんである京美さんにも取材にご同席いただきました。

            Yuiさん:そもそもF.F.G はどういった経緯ではじまったんですか?

            名和さん:このプロジェクトのハブになってくれたのが、Fuku-Biz(フクビズ)という産業支援機関の担当者さんで。実は最初は、ぜんぜん別の相談をしに行ったんですよ。けれど、「そんなことより、福山発のジーンズブランドを立ち上げましょうよ」と熱弁されて。

            Yuiさん:あまり乗り気ではなかったんですか?

            名和さん:根負けして、「じゃあ一回だけですよ」と。でも、気がついたら話がどんどん大きくなっていて、プレスリリースの日にはテレビの取材まで来るし。いつの間にか神輿に担ぎ上げられていました。しかも、簡単には降りられない高さまで。

            Yuiさん:そんなに高く(笑)。

            名和さん:これはもう怪我をする高さだぞ、と(笑)。

            Yuiさん:神輿に担ぎ上げられていく名和さんを、奥様はどんな風に見ていらしたんですか?

              京美さん:とにかく前向きで、なんでも楽しめる人なので、なんだかんだやり切っちゃうんだろうなって。

              名和さん:降りられないなら、踊ってみるしかないじゃないですか。恥ずかしそうにやると余計に変な目立ち方をするから、もうそこは腹をくくって。

              京美さん:「福山ファクトリーギルド」という名前も、私はちょっと変わっているなと思ったんです。でも、聞いているうちにそれが当たり前になっていくというか。何よりもシンプルでわかりやすいですしね。

              名和さん:「福山」と大きく打ち出すことで、ある種のお土産っぽさを出したかったんですよ。一方で、卸先では「F.F.G」という、もう少し匿名的なブランドとして扱ってもらおう、と。いわばふたつの顔をもったブランドとして、最初から計画していました。

                履きながら、育てていく。
                そのために設計されたジーンズ

                言われてみると、ショールームに飾られたジーンズには、どれもF.F.Gのロゴが。その一本一本にどんなこだわりが詰め込まれているのか、あらためて伺ってみることに。

                Yuiさん:F.F.Gのジーンズが、最もこだわっているポイントはどこですか?

                名和さん:いろいろありますが、一番は「買ってから1年後に100点になる」ように設計しているところです。逆にいえば、僕たちがつくった段階では60点、70点でいい。そこから履きジワができたり、色落ちしたりすることで、どんどんカッコよくなっていく。普通の商品なら、買った瞬間が一番価値があることがほとんどだけれど、ジーンズならそれができるんです。

                Yuiさん:「育てること」も含めて、ジーンズを愛好している人も多いですよね。

                名和さん:もちろん、それも人によると思うんですけどね。どちらかというと、ジーンズにかかわらず、エイジングが好きなのは男性の方が多いかもしれない。

                京美さん:でも、一本のジーンズをとことん育てる潔さというか、ワイルドさみたいなものに魅力を感じる女性もいると思うけどなあ。私もちょっと古着っぽいというか、洗いのかかった風合いのある服の方が好きだし。洗濯はしたくなっちゃいますけどね(笑)。

                  Yuiさん:私もです(笑)。でも、そういう履き続けていくなかでの仕上がりって、どこまで計算できるものなんでしょう?

                  名和さん:個体差もあるから一概には言えないのですが、意識しているのはエイジングによる色落ち、いわゆる「アタリ」が立体的に出るようにすることです。

                  Yuiさん:立体的、ですか?

                  名和さん:要するに、色落ちしている部分とそうでない部分の濃淡が、しっかり出ることが大切なんです。たとえば、このジーンズの裾のところ。山と谷があるというか、生地に凸凹があるのがわかりますか。

                  Yuiさん:あ、本当ですね!

                  名和さん:これが履き込んだときに、凸の部分だけ擦れて色落ちして、デニムらしい独特の表情が生まれていくんです。

                  Yuiさん:なるほど!だから最初に仰っていた、ヨレやねじれが大切になってくるんですね。

                    繊維の街、だけではない。
                    祭と熱気の街、福山

                    ここでいったん、縫製工場も見学させていただくことに。見るからに年季の入ったミシンを前に、みなさん、黙々と手を動かしています。最年少の従業員である片山さんにも一緒にお話を伺いました。

                    Yuiさん:従業員のみなさんの年齢層って、どれくらいなんですか?

                    名和さん:80代の従業員もいるんですが、平均すると40代くらいかな。でも、片山さんだけは20代で。しかも、宮崎からわざわざ来てくれたんですよ。ミシンを踏むことも大好きらしくて。ちょっと珍しい人材です(笑)。

                    Yuiさん:片山さんは、一日でどれくらいのジーンズを縫うんですか?

                    片山さん:150〜200本くらいですかね。もちろん、縫製にもいくつも工程があるので、ひとりですべてを縫うわけではないんですけど。

                    Yuiさん:そんなに!でも、どうしてわざわざ福山に?

                    片山さん:福岡で服飾の専門学校に通っていたのですが、とにかく縫うことが好きで、もっと上達するためには縫製工場で働くのが近道だと思ったんです。それに福山は繊維の街として有名なので、ここならぴったりかも、と。

                      Yuiさん:福山の第一印象はどうでした?

                      片山さん:……、何もないなー、と(笑)。

                      名和さん:福山市のなかでも、このあたりは新市っていう古くからある街で。福山の市街地はともかく、たしかにこの辺には何にもない(笑)。

                      京美さん:でも、お祭りがすごいんですよ。めちゃくちゃ活気があって、男らしいというか。私も市外から来た人間ですが、それもあって“熱い人”が多い街、という気がしています。

                      名和さん:日本最古の祇園祭とも言われているらしくて。喧嘩神輿といって、神輿をガンガンぶつけ合うんですよ。

                      Yuiさん:え、じゃあ名和さんも担ぎ手として?

                      名和さん:昔は、下っ端としてね。

                      Yuiさん:一番危ないポジションじゃないですか……!でも、そんなお祭りがあるなんて、全然知りませんでした。同じ県内でも知らないことばかりだなあ。

                        引き継いだものを、なかったことにはしたくない

                        デニムへのこだわりも、この土地での暮らしぶりも。話を聞いていると、その根っこには、何か一本の糸が通っているように思えてきます。それが何なのか確かめたくて、このメディアで毎回うかがっている問いを、最後に投げかけてみました。

                        ――あなたにとって、暮らしとは?

                        名和さん:うーん、暮らしかあ……。パッと浮かんできたのは、「生活と人生」という言葉です。僕はこの街で生まれ育って、地場産業のなかで仕事を続けてきた。暮らしも人生も仕事も、全部がこの土地に乗っかってるんですよね。

                        Yuiさん:ほんとうに、地域との関わりのなかで暮らしがつくられているんですね。そういう縁というか、温かさみたいなものに、私も支えられている気がします。近所の人とちょっと挨拶をしたり、それだけでも少し元気が出るんです。

                        名和さん:あとは、暮らしとはちょっとずれちゃうかもしれないけど……。この会社は、父と母が一緒にはじめたものでもあるんです。母はもう亡くなってしまったんだけど、僕は母から教えてもらったものを、なかったことにしたくない。決して儲かる商売ではないけど、母から唯一教えてもらったご飯の食べ方がこれなんです。だから僕が現役でいる間は、なんとか事業を続けていきたいし、できることなら後継者もしっかりと育てていきたいと思っています。

                        Yuiさん:そういう名和さんの気持ちは、きっと片山さんのような若い世代にも伝わっている気がします。私もジーンズって、いつもはすぐ洗っちゃうんですけど……、今度は100点をめざして育ててみようかなと思いました。今日はどうもありがとうございました!

                          interview
                          泉水政輝(Shime inc.)
                          writing
                          中澤敦(合同会社ことりうみ)
                          photograph
                          田頭義憲(ウリボー写真事務所)

                          「DoboX」で地形を見る