
蛇喰磐に伝わる「じゃぐいのおうけつ」とは?【昔ばなしが伝える土地の魅力-4】
広島の魅力は海だけではありません。豊かな緑に囲まれた山間部にも、息を呑むほど美しい清流が流れています。川のせせらぎに耳を澄まし、澄み切った水面を見つめていると、そこには自然が途方もない時間をかけて創り出した不思議な造形美が隠されていることに気づくはずです。いつもの川遊びやドライブが、少しだけロマンチックで味わい深くなる物語の扉を、そっと開いてみませんか。「広島の昔ばなし」に光を当てるシリーズ第四弾です。
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こんにちは。「土地」と「住まい方」から、これからの広島らしい暮らしを考えるメディア「Regrid」です。私たちは、広島という土地に刻まれた「記憶」を発掘することで、現代の暮らしを新しい視点で見つめ直すきっかけを探しています。
今回取り上げるのは、木野川と玖島川という二つの川がちょうど交わる場所に位置する「蛇喰磐(じゃぐいいわ)」周辺エリア。この美しい水辺に、大蛇の恋と少しユーモラスな言い伝えが残されていることをご存知ですか?この記事を読めば、あなたが眺める川のせせらぎや岩肌が、より神秘的に、そして愛らしく感じられるはず。まずは、物語の舞台となる場所がどんなところなのか、少しだけ時間を遡ってみましょう。
蛇喰磐ー自然の造形美と「清流のミステリー」
さて、今回の物語の舞台となるエリアには、対照的な二つの景色があります。 一つは、周囲の山々の緑を映し出す、透明度が高く穏やかな「美しい清流」。 そしてもう一つは、その川底や岸辺の硬い岩盤に、無数の丸い穴がボコボコと空いた不思議な奇岩群「蛇喰磐」です。
現在の私たちは、この川床に空いた丸い穴を「甌穴(おうけつ=ポットホール)」と呼びます。川の流れが小石を転がし、長い年月をかけて岩を削り出した自然の芸術作品であることを知っているからです。 しかし、まだ科学的な知識がなかった時代の人々の目に、硬い岩盤がえぐられたようなこの光景は、どう映ったのでしょうか。まるで巨大な生き物が岩を「食いちぎった」かのような、人智を超えた痕跡。今回取り上げる「じゃぐいのおうけつ」は、そんな自然の圧倒的な力に畏敬の念を抱きつつ、豊かな想像力で物語を紡いだ、先人たちの記憶なのです。
現在の蛇喰磐は、夏には川遊びを楽しむ人々で賑わう美しい場所。水と岩が織りなす独特の景観が広がっています。この場所を舞台に描かれた昔話が「じゃぐいのおうけつ」です。
「じゃぐいのおうけつ」
むかしむかし。 三倉の山主である三倉大明神(みくらだいみょうじん)に可愛がられていた立派な大蛇・ヤマタは、ある淵に現れる美しい「お姫様」にすっかり心を奪われていました。 ヤマタは毎晩のように淵へ通い、一緒についてきたお供の小蛇たちも「ここの岩は美味しい!」と、淵の岩を夢中で食べていました。
しかし、そのお姫様の正体は、淵の主である「水神さま」にお仕えするメスの蛇だったのです。 使いのメス蛇が仕事を放り出して遊んでいること、さらにヤマタが連れてきた小蛇たちが大切な岩をボロボロに食い荒らしていることに、水神さまはたいそうお怒りになりました。

激しい抗議を受けた三倉大明神は、ヤマタたちに厳しく命じます。 「水神さまの怒りを鎮めるため、淵の岩場に『九曜(くよう)の穴』と呼ばれる、水がめのような九つの穴を掘りなさい」
ヤマタも小蛇たちも、そしてメス蛇も深く反省し、モゴモゴと岩を食べては掘り進めました。そうして九日九晩かけて出来上がった丸く深い穴こそが、今も残る「蛇喰磐(じゃぐいいわ)の甌穴(おうけつ)」です。「じゃぐい」とは「蛇が食った」という意味なのです。
その後、ヤマタは心を入れ替えて三倉大明神に仕え、「おんぼう池」に住み着きました。そのおかげか、今でもその池は、どんなひどい日照りの年でも決して水が干上がることがないそうです。

現代に残る、「じゃぐいのおうけつ」の気配
これは、水が硬い岩盤を削り取るという自然の途方もないエネルギーを「岩を食べる蛇」に見立てた、先人たちの豊かな想像力と自然へのリスペクトから生まれた物語です。
一見、穏やかな清流と不思議な形をした岩の風景ですが、「じゃぐいのおうけつ」の物語を知った今、そこに残る穴の数々が、大蛇たちの恋の逃避行と、一生懸命に岩を削った反省の証のように見えてこないでしょうか。
自然の雄大さを物語る地質学的な奇跡と、神様や大蛇たちの人間臭くも愛らしい営み。二つのコントラストは、私たちが自然現象をどのように解釈し、愛着を持って共に生きてきたかを静かに語りかけてくるようです。
今度の休日は、木野川と玖島川が交わるこの水辺を訪れてみてはいかがでしょうか。川のせせらぎの中に、一生懸命に岩を食べる小蛇たちの微かな気配が混じっているかもしれません。
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